昨日はSST(Super Sacred Technique)東京でしたが、

 

帰りがけに影山先生から

 

無着成恭さん(失礼ながらご健在だったとは知りませんでした!)の、

 

「人間をつくるとは、真の教育とは」と題する

 

インタビュー記事をいただきました。

 

今は、子どもの「なぜ?」に答えられない教育者が多すぎる。

 

教師のレベルが落ちているんだと嘆かれています。

 

「なるほど!」と感心したのは、例えば下記。

 

 

 

先ほども触れましたが、教科書にある、「はい、せんせい」の、「はい」の「い」は、言葉で言うと「はい」になるけど、「せんせい」の「い」は言わないで、「せんせー」となる。それは何故かという小学1年生の質問に担任の先生が答えられなかった。「無着さん、これはどう答えたらいいのか」と。これは大変なことだなと思ったんですね。
子どもたちに、「い」とついている言葉を出してごらんと言うと、「とけい」「せいと」とかたくさん出た。え段の「えけせてねへめえれえ」を長く伸ばす言葉―「映画(えーが)」「英語(えーご)」「時計(とけー)」「計算(けーさん)」「先生(せんせー)」だとか、え段の音を長く伸ばす時の表記は「い」と書くのだと。だから「え段文字」に「い」が続いたら、「い」は「長く伸ばす」という印であって、「い」ではないんだよ、と教えればいいよと言ったんです。このことを知らないと「ふりがな」をつける時に間違ってしまうわけですね。

 

 

 

果たしてこの説明で

 

小学1年生が理解できるかどうかはわかりませんが(笑)、

 

巧いなと思いました。

 

無着さんは続けてこう言います。

 

 


「知識がある」ということは、現象の奥に流れている法則が見えるということ。本質というか、真理といったらいい、そこが見えるということ。

 

 

 

おっしゃるとおり。

 

だから人はいつまでも学び続けなければいけなんですよね。

 

「なぜ?なぜ?」と物事に興味を持ち、

 

考え、そして体験すること。

 

勉強になります。

 

 

 

 

それと、ついでに今年の元旦の「社説」の記事も

 

いただいておりまして、

 

京大総長の山極寿一さんが次のように書かれていました。

 

 

 

安心が消え、不安が極大化した時代。私はいまを、そうとらえています。
・・・
安心をつくり出すのは、相手と対面し、見つめ合いながら、状況を判断する「共感力」です。類人猿の対面コミュニケーションを継承したもので、協力したり、争ったり、慮ったりしながら、互いの思いをくみ取って信頼関係を築き、安心を得る。人間だけ白目があるのも、視線のわずかな動きをとらえ、相手の気持ちをよりつかめるように進化した結果です。

 

 

 

さすがは霊長類学者だけあるお言葉。

 

「親和」というものがやっぱり大切なんだとあらためて思いました。

 

時代はZEROです。(笑)

 

日々精進。

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

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