おはようございます。
講義待機中@たまプラーザです。
昨日は高橋俊介先生の講演会に
行ってきました。
いつもながら興味深いお話に
感銘を受けました。
いろいろな話の中で、
そもそもの教育システムの話になりました。
先生曰く、
正解主義の試験が、
若者を功利主義に駆り立て、
挑戦する姿勢を減じさせているということでしたが、
なるほどと納得しました。
例えば、文章読解などは答がない、
というより人それぞれ感性によって
捉え方が様々で
本来なら答を一つに導くなんてできないものなのに
試験の上では
問題作成者が答を一つに想定しているわけで、
その想定と答が異なっていると
不正解になるわけです。
ちなみに、
数学が大得意だったという先生は
一般的な数学の問題に飽き足らず、
超難問集を買って解いては
悦に浸っていたそうですが、
近頃の秀才はそういう挑戦に惹かれないため、
そもそも超難問集など書店には置いていないのだと。
要は、試験に出ないような超難問などを
解いている時間がもったいないと。
ならば、必要とされる現実的問題さえ
解けるようになれば良いのだという、
この頃の若者たちの(損得の?)言葉に
嘆かれていらっしゃいました。
そういう姿勢を功利主義と
おっしゃられたのですが、
勉強に限らず、
無駄に思える行動
(実際には無駄などひとつもないのですけどね)を
一切しないという若者が
増えているのは確かだと思います。
一方で、昨日は大学で
ある文章を読んで答を求めよ的な
講義をしていた自分がいました。
想定している答を出さなかった学生には×を
想定通りの答を出した学生には○を
つけながらも、
果たしてこの答だけが本当に○なのか、
×とつけた学生の答は本当に×なのかと
そのとき考えている自分が確かにいましたからね。
明らかに自己内部矛盾です。(笑)
高橋先生もおっしゃっていましたが、
試験において何が正解かというと
先生が想定している答があくまで正解であり、
それ以外のものは不正解とすること自体が
ある意味ナンセンスなんですよね。
実際に、学生の答えを聞いてみて、
確かにこちら側の想定とは異なるものの、
なるほどと思われるものもあります。
特に文章読解なんかはそう。
真理は一つですが、
人間の作ったものに正しいものがひとつだということは
あり得ないわけで、
正解主義(マークシート形式はその最たるものです)
というものが
感性や行動力を鈍化させる一因になっていることは
否めない事実だなと考えさせられました。
人間に絶対はないということです。
教える側も、常に勉強、常に精進、
そして360度あらゆる角度からの可能性を追求し、
たくさん行動、挑戦し続けなきゃいけないなと
あらためて思ったのでした。
長くなりました。
授業が始まるので今日はこのあたりで。
ありがとうございます。
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昨日は高橋俊介先生の講演会に
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いつもながら興味深いお話に
感銘を受けました。
いろいろな話の中で、
そもそもの教育システムの話になりました。
先生曰く、
正解主義の試験が、
若者を功利主義に駆り立て、
挑戦する姿勢を減じさせているということでしたが、
なるほどと納得しました。
例えば、文章読解などは答がない、
というより人それぞれ感性によって
捉え方が様々で
本来なら答を一つに導くなんてできないものなのに
試験の上では
問題作成者が答を一つに想定しているわけで、
その想定と答が異なっていると
不正解になるわけです。
ちなみに、
数学が大得意だったという先生は
一般的な数学の問題に飽き足らず、
超難問集を買って解いては
悦に浸っていたそうですが、
近頃の秀才はそういう挑戦に惹かれないため、
そもそも超難問集など書店には置いていないのだと。
要は、試験に出ないような超難問などを
解いている時間がもったいないと。
ならば、必要とされる現実的問題さえ
解けるようになれば良いのだという、
この頃の若者たちの(損得の?)言葉に
嘆かれていらっしゃいました。
そういう姿勢を功利主義と
おっしゃられたのですが、
勉強に限らず、
無駄に思える行動
(実際には無駄などひとつもないのですけどね)を
一切しないという若者が
増えているのは確かだと思います。
一方で、昨日は大学で
ある文章を読んで答を求めよ的な
講義をしていた自分がいました。
想定している答を出さなかった学生には×を
想定通りの答を出した学生には○を
つけながらも、
果たしてこの答だけが本当に○なのか、
×とつけた学生の答は本当に×なのかと
そのとき考えている自分が確かにいましたからね。
明らかに自己内部矛盾です。(笑)
高橋先生もおっしゃっていましたが、
試験において何が正解かというと
先生が想定している答があくまで正解であり、
それ以外のものは不正解とすること自体が
ある意味ナンセンスなんですよね。
実際に、学生の答えを聞いてみて、
確かにこちら側の想定とは異なるものの、
なるほどと思われるものもあります。
特に文章読解なんかはそう。
真理は一つですが、
人間の作ったものに正しいものがひとつだということは
あり得ないわけで、
正解主義(マークシート形式はその最たるものです)
というものが
感性や行動力を鈍化させる一因になっていることは
否めない事実だなと考えさせられました。
人間に絶対はないということです。
教える側も、常に勉強、常に精進、
そして360度あらゆる角度からの可能性を追求し、
たくさん行動、挑戦し続けなきゃいけないなと
あらためて思ったのでした。
長くなりました。
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