こんにちは。

今朝、夢を見ました。

どこか山間の田舎で

オレンジ色の蛇に

全身からまれる夢。

蛇の夢というのは

いろいろと深い意味合いが

あるそうですね。

全身からまれるわけですから

自縄自縛ということで

無意識の呪縛があるのかな

と気づいたり。





そういえば、

昨日急遽お誘いがあって

かつての教え子と

ランチをしたところ、

話の流れで何気なく

「岡本さんは自由人ですから云々」

と言われ、

その言葉にふと反応する

自分がいました。

何となく出て来た言葉ですから

否定的な意味合いはなく、

もちろんそれ以上の

深い意味もまったくないのですが、

なるほど僕みたいな生き方を

していると、良くも悪くも

「自由人」と思われるんだなと

気になったわけです。





ちょうど先日、

実家に帰省した時も父から

僕の長年の「自由な生き方」を

少々皮肉気味に言われていたところですから

(毎度のことですけどね)

やっぱり気にはしているんですよね。

決して好き勝手自由気ままに

生きているわけではないんですけど、

(どちらかというと自己犠牲的ですし)

一般的な概念、感覚から見ると

そうなんでしょう。





で、僕は暢気な反面

意外に「言葉の端々」を気にする性質で

親の言葉はもう何十年も言われ続けてきた

ことですから

ずっとそのことがどこか頭の片隅にあるわけです。

なんやかんや言って

僕は真面目ですからね。(笑)

なるほど自由なようでいて

自由になり切れない

中途半端な自分が内側で

蠢いているということです。

ならば、

本当の意味で自由になれば

世界はもっと広がり、

もっとたくさんの人を

助けることができるのだろうなと

想像しました。





ちなみに、一昨日の

「凸と凹の中庸ティールーム」

教わったヴェーダでも

いくつもあるカルマの中には

あえてダルマ(使命)を邪魔するものが

あるといわれているそうですね。

要は、そのカルマは

乗り越えるためのもので

ひとつひとつそれを

クリアするために

存在するものなんだと。





確かに思考という幻想で

自己束縛するのは本当に苦しいものです。

おそらく同じような「自縄自縛」で

悩んでいる人は多いのではないでしょうか。

日常ではそれに気づくために

いろいろなことが

いろいろな形を借りて

起こっているのだとあらためて思います。

まさにすべてが「天の遣い」。

ただし、そのことに気づけないと

どうにもなりませんがね。





すべてが一気につながりました。

大事なことは真の「自由」の獲得。

そのために「自己犠牲」という幻想を脱し、

自分のためにも生きること。

ありがとうございます。







ところで、昨日の午前、

第63期ZEROの理論講座を開催しました。

こちらも「気づき」に満ちた

有意義な3時間でした。

あわせて感謝いたします。





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