こんにちは。

輝く太陽がとっても暖かいですね。

生かされているんだとつくづく思います。

宇宙の歴史から考えると

人間の一生なんていうのは

ほんの瞬間の出来事なわけですから、

恐れず勇気をもって前に進みましょう。





「退路を断つ」という言葉があります。

過去も未来も切り離し、

今をベストを尽くして生きるということですね。





ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」から。



ヴァズデーヴァの顔は明るい微笑に包まれた。
「たしかに、シッダールタよ」と彼は言った。「おん身の言おうとすることはこうだ。川は至る所において、源泉において、河口において、滝において、渡し場において、早瀬において、海において、山において、至る所において同時に存在する。川にとっては現在だけが存在する。過去という影も、未来という影も存在しない」
「そうだ」とシッダールタは言った。「それを学び知ったとき、私は自分の生活をながめた。すると、これも川であった。少年シッダールタは壮年シッダールタと老年シッダールタから、現実的なものによってではなく、影によって隔てられているにすぎなかった。シッダールタの前世も過去ではなかった。彼の死と、梵への復帰も未来ではなかった。何物も存在しなかった。何物も存在しないだろう。すべては存在する。すべては本質と現在をもっている」

P138



ヘッセはこの小説の後半を書くのに

とても苦労したそうです。

彼自身が覚醒していたのかどうかは知りませんが、

シッダールタの解脱のシーンを

リアルに描かなければいけないわけですから

それは難しかったでしょう。

それでも、最後の「何物も存在しなかった。何物も

存在しないだろう。すべては存在する」
という

過去と未来を否定し、現在を肯定するフレーズは

なるほど名言だと思います。





もうひとつ別のお気に入りの箇所を。



シッダールタは言った。「私がおん身に何の語るべきことがあろうか、おん僧よ。おん身はあまりにさぐり求めすぎる、とでも言うべきかもしれない。さぐり求めるために見いだすに至らないのだとでも」
「いったいどうして?」とゴーヴィンダはたずねた。
「さぐり求めると」とシッダールタは言った。「その人の目がさぐり求めるものだけを見る、ということになりやすい。また、その人は常にさぐり求めたものだけを考え、一つの目標を持ち、目標に取りつかれているので、何ものをも見いだすことができず、何ものをも心の中に受け入れることができない、ということになりやすい。さぐり求めるとは、目標を持つことである。これに反し、見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことである。おん僧よ、おん身はたぶん実際さぐり求める人であろう。おん身は目標を追い求めて、目の前にあるいろいろなものを見ないのだから」

P177-178



「見いだすとは、自由であること、心を開いていること、

そして目標を持たぬことである」
という

シッダールタの言葉が重いですね。





心を開いて今に生きる、これがすべてなのでしょう。

先人の智慧というのは本当に勉強になります。

今日も楽しく。

ありがとうございます。





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