おはようございます。
チベット体操を再開しました。
明らかに心身が鈍っていることが
わかります。
それでもさすがに7年やっていたこともあって、
身体はきちんと覚えています。
また続けようと思います。
振り返ってみると、
僕は子どもの頃からとても自己中心的で、
どちらかというと他人の失敗を笑って喜ぶ
ところのある嫌な性格でした。
そのことが人間関係に相当マイナスになると
ようやく気づいたのが大学生の時。
今から考えると、それまでは
相当「我(が)に入っていた」人生。
そこからある意味僕の試練が
始まったようなものです。
「我(が)」の強い人間は、
ほぼイコール「依存的」な人間です。
もちろん僕も依存的。
そのことが良くも悪くも、その先の人生を
決定してしまうことになるのですが、
ともかく「自己中心的な」性質を
直したいという一心で、啓発やボランティアや
そういう活動を始めました。
とにかく「他人のため」ということを
大義名分にがんばるわけです。
学生の就職支援という仕事に就いたのも
もとは自分のためですね。
そういう「他人のため」という大義が満たされると同時に
自分もどちらかというとちやほやされる。
そのことに喜びを感じる、
本当に最初はそんな不純な動機でした。
それでも、長く続けていると人間というのは
わかるようになるんですよね。
僕の場合はあるひとつの場所で
長くやり過ぎたという反省も
一方であります。
仕事は、就職支援とはいえ
特殊訓練機関(?笑)でしたから
世間から隔離された上に
他人に奉仕することばかりに焦点をあて、
自律的に生きることを放棄していたような
ものでしたからね。
そのせいか先に対する不安もありましたよ。
でもやっぱり依存的で、
独立するのにも時間がかかりました。
独立してからも、「立つ」のに時間と
エネルギーが驚くほどかかった。
一般的な人の倍ほど時間をかけて、
道草を食って、遠回りして
歩んできた人生ですが、
今思うのは、結果的に
他では成すことができなかったであろう
「人のつながり」が形成できていることは
本当に良かった。
それは人脈とは違う。純粋に「つながり」。
言葉ではそれ以上うまく表現できませんが、
すべてがつながっているということを
本当に教えてもらえた。
それが大きかったと思うのです。
今でも僕はまだまだ「我(が)」は強い。
でも、それで良いと思います。
それによって「自他のバランスの重要性」が
よくわかったから。
「他人のため」だけでは生きていけません。
もちろん「自分だけ良ければ」というのでは
もっと生きていけない。
強いて言うなら、
「我(我)に入る」のが人間だから、
それが過剰になった時に気づけば良いのだと、
それくらいの考えで良いと思うのです。
そんな僕ですから
両親にはこれまで相当心配をかけてきました。
あと1ヶ月と少々で51歳。
自分でも驚きの年齢です。
ということで、
他人のためにも自分のためにも
一層飛躍しますよ。
何だか今日はチベット体操の勢い(?)で
どうでも良い自分の話を
長々と書いてしまいました・・・(汗)。
失礼しました。
読んでいただき、ありがとうございます。
下のランキングボタンをワンクリックしていただけると幸いです。応援、ご協力よろしくお願いしますm(__)m
人気ブログランキングへ
チベット体操を再開しました。
明らかに心身が鈍っていることが
わかります。
それでもさすがに7年やっていたこともあって、
身体はきちんと覚えています。
また続けようと思います。
振り返ってみると、
僕は子どもの頃からとても自己中心的で、
どちらかというと他人の失敗を笑って喜ぶ
ところのある嫌な性格でした。
そのことが人間関係に相当マイナスになると
ようやく気づいたのが大学生の時。
今から考えると、それまでは
相当「我(が)に入っていた」人生。
そこからある意味僕の試練が
始まったようなものです。
「我(が)」の強い人間は、
ほぼイコール「依存的」な人間です。
もちろん僕も依存的。
そのことが良くも悪くも、その先の人生を
決定してしまうことになるのですが、
ともかく「自己中心的な」性質を
直したいという一心で、啓発やボランティアや
そういう活動を始めました。
とにかく「他人のため」ということを
大義名分にがんばるわけです。
学生の就職支援という仕事に就いたのも
もとは自分のためですね。
そういう「他人のため」という大義が満たされると同時に
自分もどちらかというとちやほやされる。
そのことに喜びを感じる、
本当に最初はそんな不純な動機でした。
それでも、長く続けていると人間というのは
わかるようになるんですよね。
僕の場合はあるひとつの場所で
長くやり過ぎたという反省も
一方であります。
仕事は、就職支援とはいえ
特殊訓練機関(?笑)でしたから
世間から隔離された上に
他人に奉仕することばかりに焦点をあて、
自律的に生きることを放棄していたような
ものでしたからね。
そのせいか先に対する不安もありましたよ。
でもやっぱり依存的で、
独立するのにも時間がかかりました。
独立してからも、「立つ」のに時間と
エネルギーが驚くほどかかった。
一般的な人の倍ほど時間をかけて、
道草を食って、遠回りして
歩んできた人生ですが、
今思うのは、結果的に
他では成すことができなかったであろう
「人のつながり」が形成できていることは
本当に良かった。
それは人脈とは違う。純粋に「つながり」。
言葉ではそれ以上うまく表現できませんが、
すべてがつながっているということを
本当に教えてもらえた。
それが大きかったと思うのです。
今でも僕はまだまだ「我(が)」は強い。
でも、それで良いと思います。
それによって「自他のバランスの重要性」が
よくわかったから。
「他人のため」だけでは生きていけません。
もちろん「自分だけ良ければ」というのでは
もっと生きていけない。
強いて言うなら、
「我(我)に入る」のが人間だから、
それが過剰になった時に気づけば良いのだと、
それくらいの考えで良いと思うのです。
そんな僕ですから
両親にはこれまで相当心配をかけてきました。
あと1ヶ月と少々で51歳。
自分でも驚きの年齢です。
ということで、
他人のためにも自分のためにも
一層飛躍しますよ。
何だか今日はチベット体操の勢い(?)で
どうでも良い自分の話を
長々と書いてしまいました・・・(汗)。
失礼しました。
読んでいただき、ありがとうございます。
下のランキングボタンをワンクリックしていただけると幸いです。応援、ご協力よろしくお願いしますm(__)m
人気ブログランキングへ