こんにちは。
雨が降りそうで降らない
微妙な天気です。
さて、季節の変わり目「中秋節」に
とても良いお話をいただきました。
京都、龍安寺の茶室の露地には
知足の蹲踞(つくばい)があります。
※蹲踞というのは、茶室の前にある手や口を浄めるための水を張ってある石のこと
※画像はWikipediaから拝借しました。
そこには4つの文字「吾、唯、足、知」が刻まれ、
それぞれの文字のへんやつくりである「口」が
共有され、水が張られています。
吾、ただ足るを知る。
この言葉を聴いて思いました。
僕たちは信仰心は別にして
神社仏閣を訪れれば必ずお祈りします。
いや、そうでなくても、日常
何かにつけ祈るでしょう。
大切なことは祈る時の心構えです。
ともすると、ああなってほしい、こうなってほしい
という思いを込めて、お願いをしてしまう。
これは「まだまだ足りない」という心の表れ。
これこそが「依存」の源、「不満」の源、
つまり「不安」の大本なのです。
そこで、祈る時の心構えと発する言葉を変えてみる。
すなわち、今在ることへの「感謝」に。
そう、「感謝」というのはすでに十分いただいている
という状況を知れば自ずと起こる心です。
吾、ただ足るを知る。
日々、感謝。
ありがとうございます。
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知足の蹲踞(つくばい)があります。
※蹲踞というのは、茶室の前にある手や口を浄めるための水を張ってある石のこと
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そこには4つの文字「吾、唯、足、知」が刻まれ、
それぞれの文字のへんやつくりである「口」が
共有され、水が張られています。
吾、ただ足るを知る。
この言葉を聴いて思いました。
僕たちは信仰心は別にして
神社仏閣を訪れれば必ずお祈りします。
いや、そうでなくても、日常
何かにつけ祈るでしょう。
大切なことは祈る時の心構えです。
ともすると、ああなってほしい、こうなってほしい
という思いを込めて、お願いをしてしまう。
これは「まだまだ足りない」という心の表れ。
これこそが「依存」の源、「不満」の源、
つまり「不安」の大本なのです。
そこで、祈る時の心構えと発する言葉を変えてみる。
すなわち、今在ることへの「感謝」に。
そう、「感謝」というのはすでに十分いただいている
という状況を知れば自ずと起こる心です。
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