おはようございます。

あいにくの雨模様です。

午後には晴れるようですが。





さてさて、

僕は就学以前の記憶がたくさんありまして、

0歳児の時の記憶もいくつかあります。

明確に映像で覚えているんですよね。

昔、親にそのことを話したらそんなはずはないと

笑われました・・・。

ただし、残念ながら「胎内記憶」というものはありません。

意識を遡れば思い出すかもしれないですが。





で、今朝突然思い出したのが、

子どもの時(未就学時)、2つ怖いものがあったこと。

ひとつはテレビで観た「能面」。

観るなり後ずさって逃げましたからね。

たぶん2歳か3歳かでしょう。

はっきり覚えています。







そう、まさにこれ(笑)

何なんでしょうね・・・、あの時の感情そのものは

完璧に忘れてますが、シーンは明確に残っている。





それと、もうひとつが東大寺の大仏。

家族で奈良に遊びに行って、初めて見たとき、

見るなり逃げて柱の裏に隠れました。(笑)







そう、まさしくこの角度。こちらも完全に映像が脳裏に焼き付いております。

共通なのは「目が細いこと」ですかね。(笑)

いまだになぜなのか理由はわかりません。

前世とか過去世とかの因縁や何やらがあるのかもしれません。

感情そのものはやっぱり忘れていますが、

事実としての記憶は完璧に残っている。





ということで、思ったこと。

感情というのは時間が経過すると風化します。

感情こそが「いまここ」というものなのでしょう。

デカルトは「我思ふゆえに我あり」といいましたが、

どちらかと言うと「我感じるゆえに我あり」だと思うのですが。

で、人間が振り回されるのは感情の部分であって、

例えば、後々になっても「過去に振り回されている」

と思うのは錯覚じゃなかろうかと。





つまり、トラウマ(心の傷)なんて実は存在しないんじゃないか

と思ったのです。

まさにアドラーの言うとおり・・・。

勝手に僕が腑に落ちただけなんですがね。

このあたりについてはもう少し突っ込んで考えてみたいと思います。

今日は時間がないのでこれくらいで・・・。

ということで、出かけます。

ありがとうございます。





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