世間が騒がしいですね。

暴走を止めるため

ルールを塗り固め、支配しようとするのは

歴史の常ですが、必ず代償というものがあります。

「これをやっちゃだめ、あれをやっちゃだめ。やったら処罰するよ」

こんなのは対症療法に過ぎません。根本的解決にならない。



そもそも闘争をなくさない限り、人々の内にある分裂意識を取り除かない限り

世の中は何も変わらないのだと思います。




以前採り上げたドストエフスキーの「おかしな人間の夢」 の一節を思い出しました。


彼らは動物を虐待し始め、動物たちも彼らのもとを離れて森へ去り、彼らの敵となった。分裂、孤立、個性、それと所有のための闘争が開始された。彼らは互いに異なる言語で話すようになった。
P81-82


おれは出かける、説いてまわりたいんだ―何をだって?もちろん真理さ、真理を説いてまわるんだよ。なぜって、おれはそいつを見てしまったから。この目でちゃんと、真理の栄光を残らず見てしまったんだから!
P93




そういえばプラトンも「国家」(藤沢令夫訳)で次のように書いています。


そうするとわれわれは、牧畜や農耕に充分なだけの土地を確保しようとするならば、隣国の人々の土地の一部を切り取って自分のものとしなければならない。そして、隣国の人々のほうでもまた、われわれの土地の一部を切り取ろうとするだろう―もし彼らもやはり、どうしても必要なだけの限度をこえて、財貨を無際限に獲得することに夢中になるとするならばね。
~上巻P143


これが戦争の始まりでしょう。


国の守護者の果たすべき仕事は何よりも重要であるだけに、それだけまた、他のさまざまの仕事から最も完全に解放されていなければならないだろうし、また最大限の技術と配慮を必要とするだろう。
~上巻P146

こうしてわれわれにとって、国家のすぐれて立派な守護者となるべき者は、その自然本来の資質において、知を愛し、気概があり、敏速で、強い人間であるべきだということになる。
~上巻P152



そして、こういう人たちをどのように育てていくのかにまで言葉は及んでいくのです。

ちなみに、プラトンは音楽や文芸の重要性を説いていますが・・・。

ここで僕なりの解釈をすると、音楽や文芸を学ぶにしても、

その根底に流れる人間学や歴史学を前提にすることが大切です。
(私見では、音楽や文芸も古典に限ると思います)



古人の智慧、哲学者の智慧、宗教者の智慧、

混迷の現代にはこういう古典は必読書だと思います。

必ず大きなヒントに出逢えるのです。



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