つい先日、こんなことがありました。





空模様がやばいかなと思いつつ、まぁ大丈夫だろうと

傘を持たず、自転車で早めに家を出ました。

で、少々時間があったので、途中何となく寄り道をして

コーヒーを飲みながら時間調整。

そうこうしているうちにいよいよ雲行きが怪しくなり、

慌てて駅に向かったところ、ポツリと雨粒。

そのまま駅に入ってしまっても良かったのですが、

初めての土地を訪問する予定だったので、現地で雨にやれると

やばいということで、100mほど先にあるコンビニによって

¥1,000の折りたたみ傘を購入。





するやいなや何とコンビニを出た瞬間ににわか大雨・・・。

ああ、ラッキーなんて思いながら傘を差すも、

風も強かったのでほとんど役に立たず。

そのまま無事駅に着いて小1時間電車に揺られ、現地到着。

その頃にはすっかり空は晴れ渡っていました。

数時間の滞在後、帰りも晴天。





結局傘はコンビニから駅までの100mのために使っただけ。

とはいえ、往路でわざわざコンビニに寄ったから

雨にやられたようなもので、そのまま改札通過していれば

大雨には出会わなかったわけで。

しかも、その折りたたみ傘はよくみるとあの時の強風の衝撃で

骨が1本折れてしまって使い物にならず。捨てました。

たかが¥1,000、されど¥1,000。

余計な、不要な消費だったわけで・・・、ま、浪費ということです。

判断を誤りました。直感に従っていれば良かったということです。





で、僕は何が言いたいのか。

直感>判断ということです。

まぁ、判断の原点には「雨に降られたら」という不安からくる仮説

があったわけでして。





備えあれば憂いなしと言いますが、

過剰な備えは実に不要でもあり、そのこと自体を

どう捉えるかは個人の感覚なのでどちらでも良いのですが、

僕的には、

1.自分の直感を絶対的に信じること。

2.自分は守られているんだということを信じること。

3.ならば何事もチャレンジするべし。


と思ったのでした。





過去を悔いても為す術なし、未来を不安に思っても仕方なし。

また素晴らしいメッセージをいただけたようです。

ありがとうございます。