言葉の受け取り方は人それぞれです。

それゆえ公人に限らず、人前で話をするときは

言葉を選んで話をしないといけない。

特に「揚げ足取り」の激しい昨今はなおさら。




でもですね、僕はどうにもここでアミの言葉 を思い出すのです。

きみたちの文明では、すべてが、表面の問題なんだ・・・つまり、きみたちが注意をはらうのは外部だけ、内部のことはさっぱりだ。だからこそ、きみたちは惑星の表面に住んでいるんだよ。それはきみたちの魂のありかたを反映しているんだ。




僕も学生の前で話をするとき、

時に過激になったり、言い方がつい断定的になったりします。

気をつけなければいけないのですが、

とはいえ、僕はここで学生を傷つけようなんて微塵も思っていない。

あるいは彼らの誤解を生むとも思えない。(実際にそんな風になったことがない)

なぜなら彼らに「愛」をもって接しているから。

「愛」が大袈裟なら「想い」とでも言いましょうか。




しかしながら、それは目に見えないものなんですね。

あくまでも言葉の内側にある「こころ」。




それを読み取れない大人がいるとするならとても大きな問題なのですが、

若者がそういう、人の背面にある「こころ」を感じとることが

できないのではないかと考える大人がいるということの方がもっと問題です。


多くの若者に接してきて思うのは、彼らも捨てたもんじゃないということ。

そう、大人が考える以上に「想い」や「愛」についてはわかっているということです。

大切なのは大人が彼らのそういう面を潰さないこと。

そして、より伸ばしてあげることだと僕は思います。




それにしても言葉というのは難しいですね・・・。はい。