僕は目に見えない世界を信じます。

よってスピリチュアル(精神世界)肯定派。

というか、大好きです。(笑)




スピリチュアルに関しては、

20年前に比べて世間はだいぶ寛容になったように思います。

それでもバランスの悪い人が多いなとも思います。

つまり、精神(五次元)世界と現実(三次元)世界のバランスがとれず、

ともするとスピリチュアルに傾き過ぎる人。




イコール、スピリチュアル依存だと思うのですが、

こういう人は人に無関心になりがちです。

嫌いじゃないんです。そう、無関心。

だから余計に性質が悪い。

ともするとステージだったり次元だったり

白だったり黒だったり、まぁ、そういう独特の基準で

要は人を判断するんですね。

ところが、スピリチュアルが本当にわかっていて

きちんとバランスのとれている人はそういう「区別(差別?)」をしない。

問題はやっぱり依存症の人なんです、はい。

でもって本人は依存だとは思っていないからそれには気づかない。

悲しいことです。

まぁ、どんなことでもそうですね。「依存」というのが大敵です。




というわけで、今朝ふと思いました。




神仏・自然のメッセージというのは人を介します。

ただし、人は不完全であるゆえ、

人そのもの(表面)を見ていると解釈を誤ります。

背面にある真意をはかるべし。




なんでしょう、これ?(笑)




おそらく、ですが・・・、

神仏というものは外にあるものでなく

自分の内側に在るものですよね。

占いでもリーディングでも、

要は誰かに聞くという行為は一長一短かと。

参考になるにしても鵜呑みにはするなと。

で、やっぱり自分の内なる声、

自身の直感、直観がすべてだと。




ありがとうございます。