ドストエフスキーの晩年の短編小説「おかしな人間の夢」。
これはいわば「アミ 小さな宇宙人」 のドストエフスキー版です。
エンリケ・バリオスが上梓する100年以上も前に、ロシアの彼の地で
こんな物語をドスト氏が書いていたことが驚きなのです。
ある日、「おれ」は小さな女の子に出逢ったお蔭で自殺を思いとどまり、
そして見た夢。とある星に行き着いて・・・、
現代ロシアの進歩主義者であり、忌まわしいペテルブルグの市民であるおれにとっては、たとえば、彼らがあれほど多くのことを知りながら、おれたちほどの科学の知識を有していないというのが、どうにも腑に落ちなかった。だが、すぐに合点がいった。彼らの知識は、おれたち地球人とは明らかに違う、直感や洞察というものによって補われ養われていたので、当然その目ざすところも、まったく別だったのだ。彼らは何も望まず、平穏そのものだった。おれたちは必死になって人生認識を追求するが、彼らはそんなことはしなかった。なぜなら、生活が満たされていたから。でも、彼らの知識はおれたちの科学よりも深くかつ高遠だった。・・・(中略)・・・彼らは自分たちの木を見せてくれたけれど、それを眺めるときの彼らの情愛の深さときたらなかった。とてもおれには理解できなかった。彼らはまるで自分と同じ生きものと話すような調子で話したのだ。いや「木と会話を交わしていた」と言ったっていい!
P64-65
おお、この人たちは、強いておれの理解を得ようとは努めなかった。そんなことは端から無視して愛してくれたのである。
P66
彼らは子どもみたいに腕白で陽気だった。美しい自分たちの林や森をさまよいながら、よく自分たちの美しい歌をうたっていた。彼らが口にしたのは、木の実や森の蜂蜜、それと愛する動物たちの乳といった軽い食物ばかりだった。衣と食にはたいして時間を割かなかった。彼らは恋愛をし、子どもを産んだ。しかし、わが地球にあってはほとんどすべての人間を虜にし、わが人類のほとんどすべての罪過の本源となっているあの残忍な情欲の発作を、おれはついに一度も見ることがなかった。新生児たちを彼らは、ともに至福に列する新参として歓び迎えた。彼らのあいだには諍いも嫉妬もなく、それらがどういうものであるかもわからないようだった。生まれてくる子どもはみんなのものであった。なぜなら、みんながひとつの家族を形成していたから。
P68-69
彼らは、神殿こそ持たなかったけれど、宇宙の「全一者」との、生きた、間断なき一致和合があって、それが日々必要欠くべからざるものとなっていた。信仰というのはなかったが、そのかわり、彼らには確固たる知識があった。つまり、彼らの地上の歓びが自然界の隅々まで充たされたとき、宇宙の「全一者」との交わりが彼らのために、生者たると死者たるとを問わず、さらにいっそう拡大されるようになることを、よくよく承知していたのである。
P70-71
お見事!素晴らしい。
しかし、これで終わらぬのが天才ドストエフスキーの筆。
オチがあるのです。
おれは今の今まで隠していたのだけれど、もうそいつを、その真実を明かしてしまおう。ほかでもない、おれは、その・・・彼らを、ひとり残らず堕落させてしまったのだ!
P78
自分が来るまでは罪というものを知らなかった幸福そのものだったあの土地を、おれはすっかり毒してしまったのである。
彼らは嘘をつくことを覚え、嘘を愛するようになり、嘘の美しさを知った。
P79
彼らは動物を虐待し始め、動物たちも彼らのもとを離れて森へ去り、彼らの敵となった。分裂、孤立、個性、それと所有のための闘争が開始された。彼らは互いに異なる言語で話すようになった。
P81-82
僕たちが住む今の世界システムができ上がる過程を
わかりやすく描いたメルヘンでしょう。
「エゴ」の強烈さが手に取るように見えるのです。
そして、目覚めの後、文字通りおれは悟ります。
おれは出かける、説いてまわりたいんだ―何をだって?もちろん真理さ、真理を説いてまわるんだよ。なぜって、おれはそいつを見てしまったから。この目でちゃんと、真理の栄光を残らず見てしまったんだから!
P93
大きな字でちょうど100ページほどの超短編です。
あっという間に読み切れます。
おすすめです。
これはいわば「アミ 小さな宇宙人」 のドストエフスキー版です。
エンリケ・バリオスが上梓する100年以上も前に、ロシアの彼の地で
こんな物語をドスト氏が書いていたことが驚きなのです。
ある日、「おれ」は小さな女の子に出逢ったお蔭で自殺を思いとどまり、
そして見た夢。とある星に行き着いて・・・、
現代ロシアの進歩主義者であり、忌まわしいペテルブルグの市民であるおれにとっては、たとえば、彼らがあれほど多くのことを知りながら、おれたちほどの科学の知識を有していないというのが、どうにも腑に落ちなかった。だが、すぐに合点がいった。彼らの知識は、おれたち地球人とは明らかに違う、直感や洞察というものによって補われ養われていたので、当然その目ざすところも、まったく別だったのだ。彼らは何も望まず、平穏そのものだった。おれたちは必死になって人生認識を追求するが、彼らはそんなことはしなかった。なぜなら、生活が満たされていたから。でも、彼らの知識はおれたちの科学よりも深くかつ高遠だった。・・・(中略)・・・彼らは自分たちの木を見せてくれたけれど、それを眺めるときの彼らの情愛の深さときたらなかった。とてもおれには理解できなかった。彼らはまるで自分と同じ生きものと話すような調子で話したのだ。いや「木と会話を交わしていた」と言ったっていい!
P64-65
おお、この人たちは、強いておれの理解を得ようとは努めなかった。そんなことは端から無視して愛してくれたのである。
P66
彼らは子どもみたいに腕白で陽気だった。美しい自分たちの林や森をさまよいながら、よく自分たちの美しい歌をうたっていた。彼らが口にしたのは、木の実や森の蜂蜜、それと愛する動物たちの乳といった軽い食物ばかりだった。衣と食にはたいして時間を割かなかった。彼らは恋愛をし、子どもを産んだ。しかし、わが地球にあってはほとんどすべての人間を虜にし、わが人類のほとんどすべての罪過の本源となっているあの残忍な情欲の発作を、おれはついに一度も見ることがなかった。新生児たちを彼らは、ともに至福に列する新参として歓び迎えた。彼らのあいだには諍いも嫉妬もなく、それらがどういうものであるかもわからないようだった。生まれてくる子どもはみんなのものであった。なぜなら、みんながひとつの家族を形成していたから。
P68-69
彼らは、神殿こそ持たなかったけれど、宇宙の「全一者」との、生きた、間断なき一致和合があって、それが日々必要欠くべからざるものとなっていた。信仰というのはなかったが、そのかわり、彼らには確固たる知識があった。つまり、彼らの地上の歓びが自然界の隅々まで充たされたとき、宇宙の「全一者」との交わりが彼らのために、生者たると死者たるとを問わず、さらにいっそう拡大されるようになることを、よくよく承知していたのである。
P70-71
お見事!素晴らしい。
しかし、これで終わらぬのが天才ドストエフスキーの筆。
オチがあるのです。
おれは今の今まで隠していたのだけれど、もうそいつを、その真実を明かしてしまおう。ほかでもない、おれは、その・・・彼らを、ひとり残らず堕落させてしまったのだ!
P78
自分が来るまでは罪というものを知らなかった幸福そのものだったあの土地を、おれはすっかり毒してしまったのである。
彼らは嘘をつくことを覚え、嘘を愛するようになり、嘘の美しさを知った。
P79
彼らは動物を虐待し始め、動物たちも彼らのもとを離れて森へ去り、彼らの敵となった。分裂、孤立、個性、それと所有のための闘争が開始された。彼らは互いに異なる言語で話すようになった。
P81-82
僕たちが住む今の世界システムができ上がる過程を
わかりやすく描いたメルヘンでしょう。
「エゴ」の強烈さが手に取るように見えるのです。
そして、目覚めの後、文字通りおれは悟ります。
おれは出かける、説いてまわりたいんだ―何をだって?もちろん真理さ、真理を説いてまわるんだよ。なぜって、おれはそいつを見てしまったから。この目でちゃんと、真理の栄光を残らず見てしまったんだから!
P93
大きな字でちょうど100ページほどの超短編です。
あっという間に読み切れます。
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