昨日は「聴くこと」
について書きました。
今日は「発信すること」について書きます。
「幸せ」の形はいろいろです。
人は誰でも自分を表現して、それを他人にわかってもらいたい
と思う生物です。
でも、残念ながらわかる人もいればわからない人もいるのが現実。
人の目を気にして、どんどん角を丸くつぶしてしまって
みんなと同じような生き方をついしてしまうのが人の常。
恐がる必要なんてないのに。
歌でも良い、楽器でも良い、あるいは絵でも良い、文章でも良い。
写真だって良いし、もちろん演劇だって。
自分が得意だという道具を使って、思う存分
やりたいようにやればいいだけ。
みんな表現したいんだ。
そしてそれにすごく感動して一体化する聴衆もいれば、
僕のようにすごく冷静に客観的に受け止める観客もいる。
どちらが正しいのかという問題でもなし。
他人の評価は関係ないのです。
昨夜、人見記念講堂でのミュージカル"A Common Beat" を観て
そんなことを思いました。感謝。
今日は「発信すること」について書きます。
「幸せ」の形はいろいろです。
人は誰でも自分を表現して、それを他人にわかってもらいたい
と思う生物です。
でも、残念ながらわかる人もいればわからない人もいるのが現実。
人の目を気にして、どんどん角を丸くつぶしてしまって
みんなと同じような生き方をついしてしまうのが人の常。
恐がる必要なんてないのに。
歌でも良い、楽器でも良い、あるいは絵でも良い、文章でも良い。
写真だって良いし、もちろん演劇だって。
自分が得意だという道具を使って、思う存分
やりたいようにやればいいだけ。
みんな表現したいんだ。
そしてそれにすごく感動して一体化する聴衆もいれば、
僕のようにすごく冷静に客観的に受け止める観客もいる。
どちらが正しいのかという問題でもなし。
他人の評価は関係ないのです。
昨夜、人見記念講堂でのミュージカル"A Common Beat" を観て
そんなことを思いました。感謝。