アミ・シリーズ完結編です。
もはや繰り返し述べることは何もありません。
アミの言葉から納得した箇所をいくつか。
宇宙は、自分たちの創造物が、あらたな経験、あらたな環境、あらたな場所、あらたなひと、あらたな考えにふれることで、進化し、成長していってほしいと考えている。ところがそれをはばむのが、きみたちじしんの執着心なんだ。きみたちはあまりにいろいろなものにしがみつきすぎている。自分たちの場所、自分たちの愛するひと、自分たちの物、自分たちのすがた、自分たちの考え、思い出・・・すべてを手ばなしたがらない。きみたちが、そういったもろもろの執着から自由になって、別の状態へ、別の幸福へととおりぬけるためのたったひとつの道は、いま、その身にまとっている”服―つまり肉体のことだね―”を脱ぎ捨てることだ。肉体がほろび、死をむかえたときにようやく、きみたちは執着からのがれて、あらたな状態に入ることができるんだ。でも、そのかわりにきみたちは、かつての人生でのことをなにひとつ―どんなに愛着のあるものでも―おぼえてはいない。ほんとうは、一人ひとりの心の奥の奥に、記憶はひっそりとねむっているんだけど・・・
P348-349
そう、ざんねんながら、いまのきみたちがあらたな状態にうつるためには、”死”を利用するほかに道はないんだ。でも、もしもきみたちが、もっと進化した段階のひとたちのようにもう少し執着からはなれることができれば、”死”という、痛ましくて苦しいプロセスはいらなくなる。進んだ魂たちは、もはや”死”を通過しなくとも、自分の意思だけでかんたんに、宇宙が用意しててくれた新しい状態の中へとびこんでいけるんだよ。しかも前の人生でのことを忘れたりしないでね。
P349
きみたちの世界の人々は惑星の表面に住んでいるだろう?
きみたちの文明では、すべてが、表面の問題なんだ・・・つまりきみたちが注意をはらうのは外部だけ、内部のことはさっぱりだ。だからこそ、きみたちは惑星の表面に住んでいるんだよ。それはきみたちの魂のありかたを反映しているんだ。
外部にあるものにむけるきみたちの興味は、まことにつきせぬ泉のごとし、だ。もっと外へもっと外へ・・・許されるなら、地球から数兆キロも遠くはなれた別の太陽系にさえ、ロケットをとばそうとする。そのための努力はおしまない。ところが、自分の惑星の内部のこととなると、足のすぐ下のことなのに、これがまるでわかっていない。そもそも興味さえもっていないんだ。
P358-359
なるほど、首肯。
さらに、シャンバラのシルクの言葉。
それから彼は、ぼくたちに、自分が人類の進歩に奉仕していると信じこんでいる、少なからぬひとたちのように、”黙示録の預言者”や”死の使者”にならないようにと、とくに注意強調していた。じっさい、彼らがやっていることは、不安や恐怖や絶望の種をまくことであり、人々の恐怖心を無意味にあおる”メッセージ”をひろめることであり、それは人類の頭脳の質をさらに低下させるだけのものだから、救世の望みは、ますます小さくなっていくことになる。
P412
これまでは、内面的にも外面的にも事態を真剣に変える努力をしないまま、なんとかやってこられたけれど、これから先は一人ひとりが”愛の使者”へと変身するべきであり、それを自分の人生に反映していかなくてはならないということだった。
P413
きみたちが、高い水準の存在にうつっていけない理由はただひとつ。さまざまな分野において、きみたちのものの見方がまだ変化できていないからだよ。きみたちの文明をみちびいている物質主義的な観点や外面重視の視点から、もっと人間の内面を完成するというテーマにむけてピントを合わせていく必要があるんだ。
P421
内側を見つめ、謙虚に。
外への想いを描き。
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