人間は一度にはほんの少しのことしか把握できない。私たちの目に見えるのは、目の前で、いまここで起こっていることだけだ。互いに何らかの形で結びつき、補いあうことさえする多くのプロセスが同時に進行している場合、それを一目瞭然に見てとることは人間の能力を超えている。それは、対象が比較的単純な現象であっても経験することだ。一人の人間の運命は多くのことを意味し得るが、数百人の運命はもう把握することが難しい。そして、千人、百万人の歴史となると事実上、何も意味しなくなってしまう。
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左脳で理解することは確かに難しいと思います。

しかしながら、直感、あるいは直観を頼りにすると

より多くのことが一度に把握できると思います。

おそらくそれが「全体観」なのでは、と。

たとえば、一流の芸術家はすでにその能力を

持っています。以下は、20数年前のタモリと岡本太郎の対話

いみじくも太郎は言っております。


タモリ:目を大きく開けると、いろんなものがこう見えてくると?

太郎:見えるっていうのは初めから見えてるんで、目を開くから見えるんじゃなくて、目をつぶってても見えるんですからね。

タモリ:・・・。そうですね、開けて見えるやつはあほですね。

太郎:見えるものっていうのはここにあるから見えちゃうんで、ないものまで見えちゃうってのは目つぶってればないものまで見えるってことなんだよね。・・・こういう難しいこと言ってもしょうがないけど・・・。



現代人がなくしつつあるイメージ力とでも言いましょうか。

それと、もうひとつ思うこと。

「ソラリス」というのは一種、創造主、いわゆる「神」のような存在なのではと。

どう足掻いても人間には超えられない。

「ソラリス」が登場させる「お客」は、人がその人のカルマを乗り越えるための

ハードルのようなものではないのか。

決して現象に抵抗してはならないと。

自らが起こしているわけですから・・・。

目の前に起こる「現象」に従うこと、身を任せることが大切だということです。

そう、「ぶつからないこと」が近道だと僕は思います。