アメリカの財閥の方式が系図より、むしろ能力と資金に重きを置いて
ビジネス界を作ったのに対し、ヨーロッパや日本のそれは
血縁という系図を最重視しました。
まさに現在の最重要トピックスである「原子力」についても
詳細に言及されています。(当然1990年頃までの歴史ですが)
下巻P712-713
多くの現象は、数百年の歴史を頭に入れておかなければ解き明かすことができない。地球の全史とも言うべきものの頂点に立ったのが近代のロスチャイルドだったからである。
下巻P713
いまや全世界の原子力発電のシンボルとなり、日本と全ヨーロッパから放射性廃棄物を集めるフランスと、ロスチャイルド家の鉱山会社の関係は、こうして誕生した。
下巻P715
こうしてアンソニー・ロスチャイルドがカナダに土地を購入すると同時に、ドゴール将軍はフレデリック・ジョリオ=キュリー(キュリー夫人の娘婿)を初代の長官として、原子力庁を創設した。この原子力庁には、大きな特色があった。公的な機関でありながら、「幹部には自由な活動が認められる」ということを、1945年10月18日の政令によって定めていたのである。ウランのロスチャイルド支配を知れば、これがどれほど危険な政令であったかは言うまでもない。しかもそのときドゴールの右腕となっていたのが、死の商人マルセル・ダッソーとギイ・ロスチャイルドであった。
下巻P727
このように原子力のどこを切っても、トップを"赤い楯"が占拠してきた。
下巻P732
ロスチャイルド銀行とラザール・フレールを中心に回転する金融業、これが原子力災害の根源にある。
かつて王室が全世界を支配し、そのあとの人類は民衆が主権を握ったかに見える。ところがこの民衆は、いつしか金融業者が主人公となって何もかも独占してゆくメカニズム―資本主義を生み出していった。そして資本主義や王室の独占を打ち倒すため、ロシア革命によって共産主義社会が地球の一角に誕生した。ところがこの理想論は、人間の平等を金に換算して評価する平等でしかなかったのである。マルクスの「資本論」という標題が、その性格を言い表していた。そのようなものが人間の平等であるはずはなかった。人生を金に換算すれば、新たな奪い合いを生み出すだけである。
事実、歴史はそのように動き、いまだにその動きを止めようとしていない。人類は、人生観を失って最後の地獄に向かっている。石油と原子力を天秤にかけて満足する程度の浅はかな議論しか、この世には存在しない。資本主義と共産主義を天秤にかけて優劣を論じる程度にしか、今日の人類は知恵を持っていない。おそろしいほどの精神の退化である。見るべき哲学はどこにもない。工業化だけが目的地となって、金融を中心に前進してゆく。
この書籍の出版からすでに20数年が経過しますが、何だか基本の路線は
いまだに変わっていないように思います。「在り方」が問われている。
人間はいまいちど冷静に原点に戻るべきなんだと思います。
ビジネス界を作ったのに対し、ヨーロッパや日本のそれは
血縁という系図を最重視しました。
まさに現在の最重要トピックスである「原子力」についても
詳細に言及されています。(当然1990年頃までの歴史ですが)
下巻P712-713
多くの現象は、数百年の歴史を頭に入れておかなければ解き明かすことができない。地球の全史とも言うべきものの頂点に立ったのが近代のロスチャイルドだったからである。
下巻P713
いまや全世界の原子力発電のシンボルとなり、日本と全ヨーロッパから放射性廃棄物を集めるフランスと、ロスチャイルド家の鉱山会社の関係は、こうして誕生した。
下巻P715
こうしてアンソニー・ロスチャイルドがカナダに土地を購入すると同時に、ドゴール将軍はフレデリック・ジョリオ=キュリー(キュリー夫人の娘婿)を初代の長官として、原子力庁を創設した。この原子力庁には、大きな特色があった。公的な機関でありながら、「幹部には自由な活動が認められる」ということを、1945年10月18日の政令によって定めていたのである。ウランのロスチャイルド支配を知れば、これがどれほど危険な政令であったかは言うまでもない。しかもそのときドゴールの右腕となっていたのが、死の商人マルセル・ダッソーとギイ・ロスチャイルドであった。
下巻P727
このように原子力のどこを切っても、トップを"赤い楯"が占拠してきた。
下巻P732
ロスチャイルド銀行とラザール・フレールを中心に回転する金融業、これが原子力災害の根源にある。
かつて王室が全世界を支配し、そのあとの人類は民衆が主権を握ったかに見える。ところがこの民衆は、いつしか金融業者が主人公となって何もかも独占してゆくメカニズム―資本主義を生み出していった。そして資本主義や王室の独占を打ち倒すため、ロシア革命によって共産主義社会が地球の一角に誕生した。ところがこの理想論は、人間の平等を金に換算して評価する平等でしかなかったのである。マルクスの「資本論」という標題が、その性格を言い表していた。そのようなものが人間の平等であるはずはなかった。人生を金に換算すれば、新たな奪い合いを生み出すだけである。
事実、歴史はそのように動き、いまだにその動きを止めようとしていない。人類は、人生観を失って最後の地獄に向かっている。石油と原子力を天秤にかけて満足する程度の浅はかな議論しか、この世には存在しない。資本主義と共産主義を天秤にかけて優劣を論じる程度にしか、今日の人類は知恵を持っていない。おそろしいほどの精神の退化である。見るべき哲学はどこにもない。工業化だけが目的地となって、金融を中心に前進してゆく。
この書籍の出版からすでに20数年が経過しますが、何だか基本の路線は
いまだに変わっていないように思います。「在り方」が問われている。
人間はいまいちど冷静に原点に戻るべきなんだと思います。