これまで20年以上にわたって
多くの若者と接してきた経験からいうと、
いかに家庭での食がその人の成長に影響を及ぼしているかが
明らかです。
昨今は外食産業が華々しい時代ですが、
子どもの頃に体験したいわゆる「おふくろの味」というのは
その人の「在り方」にまで影響を及ぼします。
あくまで感覚的なものですが、
何らかの事情で、例えば共働きで母親が遅くまで
働いていて、子どもの頃外食が多かったという人の場合、
自分を偽る傾向にある人が多いように思うのです。
つまり、等身大の自分を抑圧して取り繕う、あるいは
着飾るということです。
その結果どうなるか?
「等身大の自分」というものがわからなくなります。
ありのままの自分を表現できない。
自分の本当の感情がつかめない、わからない。
極端に言うと「人を好きなる、愛する」という感覚すら
わからなくなってしまいます。
その人は、一見、人付き合いは上手に見えるのですが、
それはそういう「役割」を演じているだけで、その人の
真実でない場合が多い。
大小様々ですが、人間関係の問題に悩むことが多くなる
ということも事実です。
人間の身体、というか心身は「食」で作られています。
何を食べるかも重要です。
そして、それ以上に誰が作ったものを食べるか、
つまり、その「食」に愛情がこもっているかどうか
それはとても大事なことだと。
昨日、帰宅途中の電車の中で
おそらく子どもの学校か塾の先生に電話する
お母さんの話を小耳にはさんで(笑)、ふとそんなことを考えました。
多くの若者と接してきた経験からいうと、
いかに家庭での食がその人の成長に影響を及ぼしているかが
明らかです。
昨今は外食産業が華々しい時代ですが、
子どもの頃に体験したいわゆる「おふくろの味」というのは
その人の「在り方」にまで影響を及ぼします。
あくまで感覚的なものですが、
何らかの事情で、例えば共働きで母親が遅くまで
働いていて、子どもの頃外食が多かったという人の場合、
自分を偽る傾向にある人が多いように思うのです。
つまり、等身大の自分を抑圧して取り繕う、あるいは
着飾るということです。
その結果どうなるか?
「等身大の自分」というものがわからなくなります。
ありのままの自分を表現できない。
自分の本当の感情がつかめない、わからない。
極端に言うと「人を好きなる、愛する」という感覚すら
わからなくなってしまいます。
その人は、一見、人付き合いは上手に見えるのですが、
それはそういう「役割」を演じているだけで、その人の
真実でない場合が多い。
大小様々ですが、人間関係の問題に悩むことが多くなる
ということも事実です。
人間の身体、というか心身は「食」で作られています。
何を食べるかも重要です。
そして、それ以上に誰が作ったものを食べるか、
つまり、その「食」に愛情がこもっているかどうか
それはとても大事なことだと。
昨日、帰宅途中の電車の中で
おそらく子どもの学校か塾の先生に電話する
お母さんの話を小耳にはさんで(笑)、ふとそんなことを考えました。