岩波文庫版第3巻第10編「少年の群れ」は、

ページにして100頁ほどの物語ですが、

どうも内容が唐突で、それまでの話と結びつかず、

理解が深まらないまま読み進んでしまいました(笑)。

調べてみると、どうやら、ドストエフスキー自身が結局

書くことができなかった18年後のアリョーシャの物語の

伏線になる箇所のようです。


ここでついでにいっておくが、筆者が彼の物語を中絶して以来、アリョーシャはすっかり様子が変わってしまったのである。彼は法衣を脱ぎ捨てて、今では見事に仕立てたフロックを著け、短く刈り込んだ頭には柔帽子を被っていた。これが非常に彼の風采を上げて、立派な美男子にして見せた。彼の愛らしい顔はいつも快活そうな色を帯びていたが、この快活は一種の静かな落ち着きを帯びていた。
(米川正夫訳岩波文庫版第3巻P282-283)

新潮文庫版の同じ個所では、

ここでついでに記しておくが、アリョーシャはわれわれと別れたとき以来、すっかり変わった。僧服をぬぎすて、今ではみごとな仕立てのフロックと、ソフトを身につけ、髪は短く刈り込んでいた。これらすべてが彼の男ぶりを大いにあげ、まったくの美青年に見えた。かわいげな顔は常に明るい表情をたたえていたが、その明るさは何か静かな落ちついたものだった。
(原卓也訳新潮文庫版下巻P55-56)


この何気ない挿入文が気になります。

ここは再度じっくり読み込む必要ありです。