昨日は合気道仙元館 の館長と一緒でした。

邦楽「美紗の会」 を鑑賞し、その後懇親会。

さらに二次会へ。

そこで、館長の内弟子時代のお話を伺いました。


内弟子の仕事はとにかく師匠の先回りをし、

すべてをそつなくこなすことだそうです。

言葉でいうのは簡単ですが、そう容易くないと。

レストランに入ればさっとトイレや非常口の位置を

師匠に気づかれることなく確認し、注文も

先回り、というより気を利かしてこなす。

もちろん師匠が頼んだものより高いものは注文しません。

また例えば師匠がヨーロッパに出張するとなれば、

その数週間前に黙って下見に一人で行くのだそうです。

もちろん自腹です。


館長は言います。そのことによって直感を含めたおもてなしの心、

人間力、すべてが鍛えられる
のだと。


ちなみに、二次会の時にそういう話になったのですが、

「自分は少し鈍っている」という反省の言葉から出たお話でした。


というのも、懇親会で家元や松岡正剛さんと同じテーブルになり、

松岡さんが醤油をさがして手を伸ばしておられたことや

自らウェイターに声を掛けてコーヒーを注文されていたところを見て、

昔だったら事前に気が付いて、即座に自分がそのサポートを

していただろうというのです。もっと気が利いていたと。

気を利かして、相手とひとつになればすべては読めるんだと。


確かに、昨日の松岡正剛さんのお話にもありました。

日本はもともと「一」というものがなかった。

「片」というものがあって、その「片」が2つ揃って「間(ま)」になり、

それがそもそも「一」であるというのです。

つまり「間(ま)」とは、相手を慮り、呼吸を合わせ、

ひとつになるということ
です。なるほど。

小唄や端唄における歌と糸の関係もまさにそうだそうです。

あるいは合気道も相手とひとつにならないと技は決まりません。


そう考えると、僕などは本当に「間抜け」です。

まったく気が利きません。(苦笑)


日本の文化の奥深さにあらためて気づき、体感含め

より深く学びたいと感じた1日でした。