アラビアのロレンスは、・・・・第1次大戦直前の1912年に、世界的な考古学者サー・チャールズ・レナード・ウーリーの伴をして中東を旅して回った。ウーリーは、のちにノアの箱舟の伝説を実証するウルの遺跡を発見した人物だが、その発見がどれほど偉大であっても、考古学上の発見は大部分が財宝目当ての欲望から出発していることも事実だ。トロイの遺跡を発見したシュリーマンはインドの染料”藍”でボロ儲けし、アテネの富豪の娘と結婚することによってあれだけの発掘が可能になったのである。ホメロスへの抒情というより、ギリシャの富を求めたことが動機となっていた。・・・歴史上の考古学者や探検家は、ほとんどが大泥棒に近い存在だが、新天地に入り込む考古学には、もうひとつの重要な役割があった。地質学や地理学、人類学などの学問に名を借りたスパイ活動と資源獲得である。
~上巻P262


財宝に目が眩んだ大泥棒という見方もできれば、

勇気ある探検であり、チャレンジだという見方も可能です。

どちらも正しいと思います。


地球の歴史は人間の欲の歴史と言ってもいいかもしれません。

欲というと「いけないもの」という考えを持つ人もいますが、

進化進歩はすべて「こういうものが欲しい」という想いから

出ているものなので、必ずしも「いけないもの」ではありません。


ただ重要なのは、

欲の出所というか、出口というか、何のためにそれを欲するか

ですかね。

利己的か利他的か・・・。

言葉でいうのは容易いですが、実際行動するとなると難しい。


人間というのは奥深い生き物です。