2001年9月に4人がメイプル・アヴェニューに集まり、交わされた会話から。


「心で見るには、心を開かなければいけない」。ジョセフが言った。「マーブルヘッドではそうなったが、利害が絡む時には、」なかなかそうできない」
「要は、人と人、人と世界が繋がりを感じられるかどうかの問題なんだ」。ピーターが念を押した。「一体感を感じられなければ、センシングもプレゼンシングも起きない。『場』の重要性も過小評価してはいけないと思う。マーブルヘッドのような場所に集まることが、なんらかの力になる。聖なる空間―生命力に溢れていて、一体感が感じられるような場所の重要性が見直されなければいけないんだ。



ここで言われる「場」の問題は往々にしてあることだと思います。

とはいえ、必ずしも「聖なる」空間でならないことはないように

僕は思います。

少なくともそこにいる人々が「他に意識を置き、徹底的に自らを内観

しようという動機づけがなされていたら」
余程最悪の「場」でない限り

乗り越えることは可能です。

それよりもここで言われる「センシングとプレゼンシング」をいかに

誘発するか
にファシリテーターとなる人は注力すべきでしょう。


ちなみに、「センシング」とは、「思い込み」を自らと切り離し、

ひとつになり、客観的に全体を見れる状態になること、

そして、「プレゼンシング」は上記の状態で内省するということです。