池田晶子著「41歳からの哲学」第4章には


「なぜ人を殺してはいけないのか」というタイトルがついています。


ちょうど少年が幼児を平気で殺したり、ネット心中が世間を


驚かせたりした時期に書かれたエッセーを集めたもののようです。


興味深い言葉がありました。



(前略)私はかねてより、心中する人々の想像力の欠如に驚いている。親子による道連れ心中、残された子供が不憫だから、という心の動きは、わからなくはない。けれども、相愛の男女が共に死ぬこと、すなわち情死、この心性を考えるだに、悪いけれども、私はぷっと吹き出したくなるのである。(中略)一緒に死ねば、一緒に死ねると思い込んでいる、このことが変なのである。

(P126)


ふと気がつけば、あまりに当り前なことなのだが、古今の心中する人々は、みなことの甘い勘違いにはまっている。大正や昭和の初期にかけては、名だたる文士たちが多く心中したけれども、彼らにしてすら、この種の想像力は、見事に欠落していたのである。

(P127)



なるほど「想像力」の欠如ですか・・・。


そういえば水戸芸術館館長であった音楽評論家の故吉田秀和氏が


震災直後に職員に向けてスピーチされた言葉を思い出しました。



今度の災害で、僕が思ったのは、あんなに巨大な地震が来て、あんなに大きな津波が来るというのは、想定外だと言っているけれど、でも日本にも何人か学者もいるでしょうし、あれだけの危険なエネルギーの源泉を日本のこの狭い国土のあちこちに建てるについては、やっぱり国民の生命と財産の安全に責任を持った上でした仕事だろうに、想定外ということで間に合わせるような気風を見ていると、その人たちを責めるというよりも、やっぱり僕たち、日本人全体として、イマジネーション、貧弱だったのかな

(「レコード芸術」7月号P71から抜粋)



現代人がイマジネーション、すなわち想像力を失っているということは


昔からよくいわれていることです。


テレビが普及し始めたころ大宅壮一氏が「一億総白痴化」と書かれたこと


は今日のこれらの現状について予見されていたのだと思います。


考えるということ、イマジネーションすることの大切さを


池田氏も説いておられます。