人はやっぱり「思い込み」に左右されていますね。

デカルトの「我思う、ゆえに我あり」ではないですが、

自分の「思い込み」に埋没しないで、一歩引いて

客観的な立ち位置で物事を見ないと問題が生じます。


で、客観的な立ち位置に置くために「中庸で」

他人の話を具に聴く。できるだけ細かく聴く。

もっというなら相手に思ったことの詳細を話していただける

体勢を作る。

それが「心を開く」という言葉になるのかどうかわかりませんが、

ともかく本音を聴き出すこと、それに尽きると思います。