携帯電話が登場してからというもの、僕たちの日常はゆっくりと、
しかし確実に変化を遂げた。
恋人たちは片方が待ち合わせに遅れてもすれ違うことがなくなり
ビジネスマンは外出先でも商談に対応できるようになった。
もし僕たちがこの先超能力を使えるようになっても
テレパシー能力はもはや使う必要がないだろう。

しかし光あるところに必ず陰があるように
携帯電話が僕たちに与える影響は必ずしも良い事ばかりではなかった。

待ち合わせ時間に平気で遅れる人たちが増え
ビジネスマンたちは四六時中ビジネスに追われるようになった。
携帯電話で通話をしながら車を運転していた人が
交通事故を起こすことが多くなった。

僕たちは不便で無駄なものを切り捨て
より便利で洗練されたものを欲する。
黒電話がデジタルホンになり
ショルダーバッグみたいだった携帯電話は
今では手のひらサイズにまで小型化した。
レコードで聞いていた音楽をカセットテープに録音できるようになり
ソニーがウォークマンを開発したことにより
音楽を外に持ち出せるようになった。
そして今ではHDDプレーヤーに何千曲もの音楽をダウンロードして
持ち運ぶことができる。
楽曲をダウンロードする手間はカセットの「ダビング」とは比較にならず
自分の好きな曲を好きなだけ手間ひまかけずに聞ける。

でも、だから何だっていうのだ?
便利で洗練されたものは果たして僕たちが本当に求めたものなのか?
突然逆ギレして申し訳ないが
ときどき僕はそれらの進化するモノたちに翻弄されているようでほんのわずかだけど息苦しさを感じることがある。
そして便利さを求めたが故に失ってしまった何かに思いを馳せる。
オートリバースのカチリという音とか
好きな女の子の家に電話してオヤジが出た時の緊張感とか
「レンラクセヨ」「イマツイタ」などのポケベルの定型文だとか
そんなものがたまに無性に愛しく思えるときがある。



先日学生時代の友達が夏休みに妻と子供を連れて海外に行ったときの話をしてくれた。

話の最後でで彼は言った。

「何よりも休みの間ケータイが一度も鳴らなかったのが一番落ち着いたよ」



BGM : "Pepper Stretch" 菅野よう子 feat 坂本真綾 (「23時の音楽」より)