陣痛を感じ始めたのが12時少し前。眠いし痛くなったら寝てもいられなく起きてしまうだろうと、寝ることを優先しました。( ´艸`)


おかげさまで朝までぐっすり眠ることができましたぺこ


でも・・・・・・・・、目が覚めたら、やっぱりなんとな~く痛みがムムム


朝の検温shokoponにきた看護師に

「あの~、昨夜から陣痛みたいなのがきてるみたいです」

と伝えると、慌ててえ゛!汗陣痛を見る機械をとりにいって、装着。


確かに、定期的に波波が来ています。


こりゃ、本当の陣痛だな・・・と自分の中で確信した(観念)途端に、痛みが増してきたのです。


点滴点滴のウテメリンを二倍に増やして様子を見たけど痛みは増す一方。


ここで、当直医の登場。

「ウテメリンで治まらない陣痛は、本物です。内診してみますね」

「赤ちゃん、骨盤まで降りてきてるからお産にしましょう」


慌ただしく手術への準備が始まりました。この辺、痛みと戦っていたのでうろ覚えです。

剃毛、麻酔のアレルギー検査(娘の時だったかな?)手術用の点滴の針ととりかえ。(普段の針より若干太め)実際には針の中にプラスチックみたいな軟らかい素材が入っていて、血管の中にはこのプラ素材みたいなのだけが残ります。後なにしたかな~。


その日は夜中から帝王切開の手術が二件あり、私が三件目でした。

私と同じ症状で入院していたらしいです。


そのため、私自身の準備は終り、病室を移動するだけになっていたのに、待ったをくらっていた私。

娘の時で帝王切開は経験済みなので、オペ室入ったら麻酔して・・・と頭の中で勝手にシュミレーション。でも痛みはどんどん増していくし・・・。病室を移されてオペ室にいく準備は万全。一人、ほっとかれて痛みに耐える私。この時間、すごくさびしかったのを覚えています。


オペ室には担当医が待っていて、その他にもたくさんのスタッフがいました。

新生児科のスタッフが、早すぎる出産で生まれてくる赤ちゃんのためにすでにスタンバイしており、この出産のリスクの高さを改めて実感。


苦手な背中への麻酔注射。私の場合は痛みは無いのですが(すごく痛かった、悲鳴がでた、・・・という人が私の周りには沢山います。)やはり怖いムンクの叫び。でも、おもしろいことに、麻酔が入ってくるにしたがって陣痛の痛みがなくなり、胸から下は感覚がなくなりました。

麻酔が子宮に近いということ、あかちゃんが小さいということ、ということで赤ちゃんにも麻酔がまわって、産声は期待できないかもしれないと説明を受けましたが、か細い声で「良樹」は三回程泣いたのです泣


すぐに新生児科の医師、看護師の手で人工呼吸器や点滴などがつけられていました。

「お母さん、赤ちゃん見て下さい。こっちみてますよ・・・」


扉一枚隔てた隣の部屋で良樹がこっちをみていました。(これ、幻覚かも・・)


オペ中、右手首から採決されました。脈をとるところね。これ、超痛かった。


急に眠気が強くなり、うつらうつらとしていた時、

「さあ、赤ちゃんと対面しましょう」

と、良樹のいる部屋に移動。

この時、眠さMAX


・・・対面・・・、眠い。このまま寝かせて・・・


カンガルー抱っこといって、直に赤ちゃんと母親が肌の触れ合いをするのですが、管だらけの良樹が私の胸の上に乗せられました。


暖かい、生きてる、細~い、ちいさ~い


この後良樹は保育器ですくすく成長していくのでした。(成長しすぎて、彼はカロリー制限されていました)       ( ´艸`)



そういえば、私の指輪はどうなったのでしょう



入院した翌日、夫が消防署までいって救急車の中を探してきましたが、見つかりませんでした。電話をして隊員さんに先に探してもらっていたのにな~。


陣痛が始まり病室からベットごと移動しようとしていた時のこと。

「あれ、何か落ちてるよ。これ、miyakiさんの?」

と、ベットの頭の方の足元から何かを拾いました。


指輪です。


しかも、私のえ゛!


17日間、ベットを頭元を移動してのシャンプー二回。病室の掃除。私のベット下を見た人は何人もいます。なのに、どういうこと?


夫も意味が分からないといった様子。確かに指輪は、ころころと救急車の奥に転がっていきました。

でも、なぜ、私のベットの足元に落ちていたのか、そして、なぜ、シャンプーの時や掃除の時にはなかったのか、オペ当日にでてきたのか未だに謎のままです。


まとめのアンビリーバボー

①同じ症状で入院中の三人が同じ日に緊急オペをしたこと。


②なくなったはずの指輪がオペ当日にでてきたこと。


これでアンビリーバボーな話はおわります。