第十五話

腰の低さは、地位じゃない。
苦労の記憶だった。



99%に断られながら、それでも話を聞いてくれた、あの専務。
その出会いから、私の中で何かが変わり始めました。


同じような出会いが、その後も続いたのです。


不思議なもので、名もない飛び込みの男の話を、
真剣に聞いてくださる方には共通点がありました。


それは、地位でも肩書でもありませんでした。


これはずっと後‥10年ほど先の話になりますが、
流通業界のとあるトップ企業。そこの創業家の方でした。
名刺交換のとき、私よりも深く、頭を下げてこられました。


正直、驚きました。
そんな大きな会社のトップの方が、
なぜここまで腰が低いのか。


その時は、まだ分かりませんでした。


でも今なら、分かります。


大きな仕事をしているから、
腰が低いのではありません。


苦労を重ねてきたから、腰が低いのです。


大きな仕事は、その結果に過ぎません。


創業からずっと、苦労を重ねてきたから。
地獄のような時期を、くぐり抜けてきたから。
だから、人の痛みが分かる。
だから、腰が低い。



腰の低さで名前が挙がる方といえば、
松下幸之助さんです。


一代であれだけの会社を築きながら、
誰に対しても丁寧で、謙虚だったと言われています。


なぜでしょうか。


私は、こう思っています。


裸一貫からのスタートで、
苦労を知っていたからです。


今の大企業のトップの中に、
あそこまで腰の低い方がどれだけいるでしょうか。


創業者は、苦労した記憶が体に染みついています。
だから、人に対して謙虚になれます。


でも、代を重ねるうちに。
その記憶は、薄れていくのかもしれません。



私は、あの専務や、その創業家の方との出会いを通して、
あることに気づきました。


苦労した人ほど、人に優しくなれる。そして謙虚にも、、、


これは、キレイごとではありません。


痛みを知っているから、
目の前の人の痛みにも、敏感になれるのです。


肩書や、会社の大きさでは測れないものが、
そこにはありました。


私が見てきたのは、地位ではなく、行動でした。


話を聞いてくれるかどうか。
頭を下げてくれるかどうか。
その人が、本当はどんな人間なのか。


そういうものは、
名刺の肩書には書いていません。



この気づきは、私自身の営業スタイルを、
少しずつ変えていきました。


それまでの私は、正直、
結果ばかりを追っていました。


契約が取れるか、取れないか。
それだけを見ていました。


でも、あの出会いのあとは、違いました。


たとえ断られても、
目の前にいる方が、どんな方なのかを見るようになったのです。


忙しい中でも、ふと目を合わせてくれる方。
「今日は難しいけど、また来てください」と、
一言添えてくれる方。


そういう方には、私も自然と、
より深く頭を下げるようになりました。


結果を追うのではなく、まず、目の前の人を大切にする。


回り道のようで、実はこれが、
一番の近道だったのかもしれません。



99%に断られながら、
それでも1%の方々との出会いが、私を支えてくれました。

そして今も、その1%との出会いを、
私は忘れていません。



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第十四話

99%に断られた。
でも、残りの1%がいた。



門前払いの日々。
「二度と来るな」とまで言われた。


それでも俺は、やめなかった。
やめない代わりに、考えた。


大手企業を何社か回って、気づいたことがある。
アポがなければ、門の中にすら入れない。
受付にたどり着く前に、終わるのだ。


なら、どうするか。


俺の答えは、こうだった。


「門の前にいる人と、仲良くなればいい」

そう。守衛さんだ。


初回は、売り込まない。
守衛さんに製品の概要だけ話して、担当する課を教えてもらう。
それだけで帰る。


いや、もうひとつだけ。
アポが取れなくて、会ってもらえない悲しさも伝える。
‥少しの演技も、必要だ。


これは、守衛さんに俺を覚えてもらうための工夫だった。



そして、次の訪問。
その守衛さんがいれば、ラッキーだ。


「先日はありがとうございました。また来ました」

御礼を言い、また来たことを伝える。
今度は、部署と名前を聞く。
そして、お願いをする。


「名刺とカタログだけでも、担当の方に届くように手配いただけませんか」

2回目では、無理かもしれない。
でも、数回それを繰り返すと──
動いてくれた守衛さんもいた。


名刺とカタログくらいは、担当者に届くように手配してくれる。


部署と名前がわかったら、そこへ連絡させてもらう。
面談までいけたケースも、あった。


門の中にすら入れなかった俺が、だ。


そして、その間も。
中小企業への飛び込み営業は、ひたすら続けた。



99%は、門前払いだった。


でも、99%と書いたのには、理由がある。
残りの1%が、いたのだ。


その業界では、トップの企業だった。


どこの馬の骨とも分からない男が、
聞いたこともない製品を、
アポもなく持ち込んできた。


普通なら、追い返されて当然だ。


でも、その会社の専務は違った。


俺の話を、真剣に聞いてくれたのだ。


そんな怪しい製品を、飛び込みで持ってきた男の話を、だ。


世の中には、こういう方もおられるのか。
俺は、痛感した。


誰にでも、分け隔てなく。
平等に、接することができる人。


この出会いのあと、俺はそういった方々と、いくつも出会っていくことになる。



この経験は、俺に大きなことを教えてくれた。


人は、肩書や見た目ではない。


門前払いした99%の中には、立派な会社もたくさんあった。
でも、その業界ではトップ企業の専務は違った。
名もない男の話に、耳を傾けてくれた。


なぜ、あの人は聞いてくれたのか。


その理由に気づくのは、もう少し先の話だ。
だから、ここでは書かない。



俺はこの日から、少しずつ変わり始めた。

売れない男のままだったけど。
それでも、確かに変わり始めていた。



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『借金1億でも諦めなかった男が語る 逆境を乗り越えた7つの心得』

今日は、その中身を
少しだけお見せします。

なぜ、この本を作ったのか

借金1億円。
そして、心筋梗塞。

二度のどん底を経験して、
それでも私は事業を続けてこられました。

その理由を、7か条にまとめたのがこの本です。

きれいごとは、一つも書いていません。
全部、実体験から出た言葉です。

7つの心得(見出しだけ、全部見せます)

第1条 「諦めない」を言葉でなく行動で示せ

第2条 助けを求めることは勇気ある行動だ

第3条 家族こそ最大の資産だと知れ

第4条 「今の自分」を正直に認めることから始めよ

第5条 年齢は言い訳にしない

第6条 失敗は「経験値」として積み重ねよ

第7条 収入の柱を複数持つ準備を今すぐ始めよ

どれか一つでも、
心に引っかかったものはありましたか?

たとえば、第1条

「諦めない」を言葉でなく行動で示せ。

銀行に見放されたとき、
私は国の金融機関へ
長文の手紙を書き続けました。

言葉より、行動。

行動し続けた者だけが、
扉を開けることができる。

本の中では、各条の最後に
「今日からできるアクション」も
一つずつ付けています。

読んで終わりではなく、
動くための本にしたかったからです。

残りの6条は‥

ぜひ、本編でお読みください。

10分で読める分量ですが、
書いてあるのは60年分の経験です。

どん底からでも、人は立ち上がれる。
その証拠を、あなたに。

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第十三話

売れない理由は、
俺が生まれるずっと前から
用意されていた。


営業が始まった。


結果から言おう。


約1年間、
一台も売れなかった。


一台も、だ。


売上はゼロ。


それでも借金の金利は、
毎月きっちりやってくる。



飛び込むしか、なかった。


ネットもない。
紹介もない。
リストもない。


あたりをつけて、
一軒一軒訪ねるだけだ。


そして、
99%門前払いだった。


今でも忘れられない一軒がある。



ある製麺会社での出来事。


地方のローカルな製麺会社だった。


外付けの鉄製階段を昇り、
引き違いのサッシの扉を開ける。


狭い受付に、
木製のカウンター。


6人ほどの、
こじんまりした事務所だった。


カウンター越しに、
近くにいた女性に用件を伝える。


すると奥から、
面倒くさそうに男性が出てきた。


ワイシャツの前ボタンが、
今にもはじき飛びそうな、
太ったおじさんだった。


「お忙しいところ突然申し訳ございません。」


挨拶をして、
製品名を口にした。


その途端だった。


「あー! そんな話はいい、いい!
聞きたくないから帰ってくれ!」


こっちは、
未来を変える機械を勧めに来ている。


世界を変える製品だと、
本気で思っている。


少なくとも、
俺はそう思っていた‥


意気揚々と説明を始めようとした矢先に、
これだ。


状況が呑み込めず、
俺はポカーンと突っ立っていたのだろう。


そこへ、
追い打ちが来た。


「いいから帰れ!
そんなもの必要ない!」


説明の一言も、
させてもらえなかった。


鉄製階段を降りながら、
考えた。


なぜだ?


なぜ、
話すら聞いてもらえない?



罵声の理由は、30年前にあった。


その理由を、
俺はやがて知ることになる。


今から30年ほど前。


国はこの種の製品を普及させるため、
手厚い補助金を用意した。


すると、
その補助金に乗じて、
雨後の筍のようにメーカーが乱立した。


その中には、
というより結果的にはそのほとんどが、
金儲けだけを考えた、
でたらめなメーカーだったようだ。


何千万もかけて導入した機械が、
近隣からの苦情で、
わずか数日で使用不可になる。


そんなことが、
全国のあちこちで、
長年続いた。


導入した会社に残ったのは、
動かない機械と、
支払いだけ。


そうして、
この製品は業界に深く浸透していた。


「非常に怪しい製品」として。



俺は、製品を売っていたんじゃなかった。


あのおじさんは、
俺を追い返したんじゃない。


30年分の裏切りを、
追い返したのだ。


もしかしたらあの会社も、
過去に痛い目に遭っていたのかもしれない。


そう考えると、
あの剣幕にも合点がいく。


つまり俺の仕事は、
製品を売ることじゃなかった。


業界が背負った負の遺産への疑いを、
一軒一軒、
はがして回ることだった。


そんなこととは知らずに、
俺は1,000万円を借りて、
この世界に飛び込んでいた。


どうりで、
誰もが「やめろ」と言ったわけだ。


でも、
もう後には引けない。


正面から行っても、
ドアは開かない。


だから俺は、
考えた。


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だいふく





第十二話



ことごとく反対された。



それでも、俺は進んだ。




第11話で紹介したあの製品。



俺は、この製品はこれから絶対に必要になる。



本気でそう思っていた。



そのために、仕事になりそうな人を見つけては、その話をしていた。



一緒に販売してくれそうな人。紹介してくれそうな人。友人にも話した。





でも、返ってくる言葉は決まっていた。




「そんなことがあるわけないだろ。」


「環境は絶対に金にならない。」


「この業界はやめろ。」


「刺されるぞ。」


「あー、無理無理。」




肯定的な意見は、ほとんどなかった。



唯一、



妻だけは反対しなかった。



もちろん、簡単に賛成したわけではない。それでも最後は、俺の夢に乗ってくれた。





製品を販売するために必要な高額な代理店契約金は用意できなかった。だから、まずは300万円を支払い、代理店ではなく特約店としてスタートした。



やるからにはどうしても代理店になりたかった。



なぜなら、代理店なら定価の50%で仕入れられる。特約店では65%。この先、製品が売れれば売れるほど、この15%の差は大きくなる。最初から代理店になる必要があると考えた。





特約店契約をした一か月後には銀行へ向かった。資金使途についてあれこれと聞かれたが、その必要性を熱く訴えた。当時の担当者は比較的好意的であったため、担保もあったことから、何とか融資がおりた。



そして、銀行から希望額を借り入れることができた。





これで勝負できる。一千万円なんて、すぐ返せる。



その時は、本気でそう思っていた。



だが、そこが大きな間違いだった。






そして、製品の営業が始まった。







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だいふく






第十一話



本命があるんです。



怪しすぎる製品と、タイのお頭



また妻に助けられそうな予感。


妻から、


「知り合いが面白いものを紹介したいって。」


そんな話を聞いた。


今度は何だ?


そんな期待を胸に、妻と一緒に紹介者の事務所へ向かった。


通されたのは紹介者の事務所の狭い一室。


俺と妻は隣り合わせ。


正面にはニヤけた年配の男が二人。


紹介者は自分の事務椅子をゴロゴロと押しながら応接テーブルまで持ってきて、狭いスペースに入り込んできた。


名刺交換を終えると、すぐに製品の説明が始まった。


一通り話を聞き、サンプルとカタログを預かった。


その日から一か月。


良い製品だと思って営業はしてみたが、


でも……


ダメだった。


製品としての完成度が低すぎた。


再びその二人に会い、製品の感想を伝えると、


苦笑いしながら言った。


「実は、本命があるんです。」


その傍らには、既にもう一つの製品が用意されており、テーブルに乗せられた。


……


最初からそれを出せよ!


目の前に置かれた製品は、それが何なのかまったく見当もつかない。


説明を聞けば聞くほど、


怪しい。


怪しすぎる。


「本当に言った通りになるのかねぇ。」


もし本当なら、


とっくに世界が変わっているはずだ。


それを持って翌日向かったのは友人の家。


実験場所は玄関先。


しかも投入したのは、


「入れないでください。」


と言われた魚の骨。


しかも、


硬いタイのお頭だった。(笑)


あとは待つだけ。


翌日。


何の期待もせずに友人の家へ向かった。


そこには、


俺の予想とは全く違う結果が待っていた。


「マジで!?」


投入したはずのタイのお頭が消えている……


「えっ?」


「そんな馬鹿な……」


思わず鳥肌が立った。


友人と顔を見合わせた。


何か、いけないものを見てしまったような……


悪寒さえ感じていた。


何かの間違いかもしれない。


もう一度やってみよう。


そして翌日……


また同じ結果が、そこにはあった。


また友人と顔を見合わせた。


これはやばい!


こんなものが世に広がれば、


世界が変えられる。


この時、本気でそう思った。





夢ばかりが大きく膨らみ、



この時点では、この先に待ち受けている地獄など、
想像もできなかった……






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第十話



42歳、さらに新たな挑戦。



痛風が、俺を健康の世界へ引きずり込んだ。




42歳の頃だった。



当時の俺は、建築関係の仕事をしながら、次の事業を探していた。



俺は腕に覚えのある職人ではない。



資格を持った技術者でもない。



言ってしまえばただのブローカー。



きれいに言えば建材商社だった。



もちろん仕事はあった。



だが、この立場で本当に利益は増えていくのだろうか。



そんな不安を抱えていた。




当時の俺は、



環境、健康、農業。



この三つが、これからのビジネスのキーポイントになるのではないかと、おぼろげに思っていた。




その中でも、最初に俺の前へ現れたのは健康だった。



きっかけは痛風である。



当時の俺は毎年のように、痛風の激しい発作に苦しんでいた。



なのに、西洋医学を忌み嫌っていた為に、主治医の言うことも聞かず、薬も拒否していた。



今思えば、ずいぶん面倒くさい患者だったと思う。



だから何度も何度も、毎年同じ時期に痛風発作を繰り返していた。




しかも発作が始まると厄介だった。



運転もできない。



歩くことすらできない。



ひどい時には一か月近く動けないこともあった。



どうしても外せないお客様との約束がある時は、奥さんに車を運転してもらい、現場まで連れて行ってもらったことも何度となくある。



今振り返ると、奥さんにはずいぶん迷惑をかけていたと思う。




そんなある日だった。



当時所属していた奉仕団体の懇親会で、たまたま隣に座った先輩のKさんに痛風の話をした。



するとKさんは、




「そんなの簡単に治るよ。」




とさらっと言った。



俺は心の中で思った。




そんなわけがあるか。





とは思いつつも、だいぶ疑わしかったが、翌日にはKさんの事務所へ飛び込んでいた。



痛みのほうが勝ったのだろう。



紹介されたサプリをあっさり試してみた。



すると少しずつ改善していった。



それには正直驚いた。




Kさんの会社では健康関連事業も行っており、その中の一つに整体学院があった。



健康産業への興味から、俺はそこで整体を学ぶことになる。



施術だけではない。



食についても学んだ。



健康についても学んだ。



今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないことを知った。



結婚当初、




「ヤギじゃないんだから野菜は食わせないでくれ。」




と奥さんに頼んでいた自分が懐かしい。



そして健康への興味はどんどん深くなっていった。






第九話



俺がダメでも
妻が動いた。



数年間は、奥さんに食わせてもらっていたようなものだ。




独立して数年が経った。



仕事は少しずつ増えていた。



だが、生活は相変わらず楽ではなかった。



忙しい。
でも儲からない。



そんな毎日だった。



今思えば、
独立したばかりの新人が、
そう簡単に利益を出せるわけがない。



仕事があるだけまだ良かったのかもしれない。




そんなある日、
うちの奥さんが言った。




「私も営業に行こうか?」




それまでも、
図面を届けたり、
見積書を届けたり、
事務仕事を手伝ったりしてくれてはいた。



でも、営業となると話は別だ。




「営業ってどうしたらいいの?」




そう聞かれた俺は、こう答えた。




名刺を渡して
ニコニコしてれば大丈夫。




今思えば、
とんでもなくいい加減なアドバイスだった。



だが、奥さんは素直だった。



本当にその通りにやった。




当時の行政営業は、
今のようにメールやネットではない。



とにかく顔を出す。
顔を覚えてもらう。



それが大事だった。



一度行って終わりではない。



何度も行く。
忘れられないようにまた行く。



そんな地道な営業だった。



そして数年後、
奥さんは大きな仕事を受注する。




受注額2,000万円。




それは図書館の家具工事の仕事だった。



もともと家具やインテリアには興味があった。



今思えば、
後の仕事にもつながる、
奥さんらしい受注だったのかもしれない。



正直、俺も驚いた。



もしかすると、
営業の才能は俺よりあったのかもしれない。




だが、奥さんの挑戦はそれだけでは終わらなかった。



子どもの教育にも熱心だった奥さんは、
ある時、子ども向けの木製家具を作りたいと言い出した。



ままごとキッチンだった。



当時も似たような商品はあったが、
デザインは今ひとつだった。



ならば、自分で作ればいい。



そう考えたのだろう。



製品をデザインし、
製造工場を探し、
価格交渉をし、
販売方法まで考えた。



そして、ネット販売を始めた。




俺も手伝った。



集荷。
梱包。
発送。



気がつけば、
自分の仕事より、
そちらを手伝っている時間も増えていた。



今思えば、
数年間は奥さんに食わせてもらっていたようなものだ。




しかもその頃、
子どもはまだ小さかった。



子育てをしながら、
営業をし、
商品を作り、
販売する。



今振り返ると、
一番肝が据わっていたのは、
俺ではなく、
奥さんだったのかもしれない。






当時は素直に感謝の気持ちを伝えられなかった。



でも今は、
感謝しかないと思っている。







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第八話



1億円借りるつもりだった。



あの頃、本気で人生が変わると思っていた。





30代前半の頃だった。




バブルは崩壊し、

世の中には競売物件があふれていた。




今の人には信じられないかもしれないが、

当時は本当にそんな時代だった。




当時所属していた団体の先輩は、

総工費2億円ほどかかったビルを、

競売で4千万円で手に入れた。




そんな話が、

あちこちに転がっていた。






その頃、PTAで一緒だったIT会社の社長がいた。




その人は不動産にも詳しく、

アパートを何棟も所有していた。




何より、余裕があった。




慌てていない。

資金繰りに追われている様子もない。




当時の俺には、

それがとても羨ましかった。




今思えば、

マンションが欲しかったのか、

あの人の持っていた余裕が欲しかったのか、

よくわからない。




たぶん、

両方だったのだと思う。






その方の会社によく出入りしていた頃だった。




ある日、

その社長から面白い話を聞いた。




まだ多くの不動産業者にも広まっていない、

銀行筋の情報だった。




県庁所在地の中心部。

しかも県庁のすぐ近く。




50戸ほどのマンションがあるという。




価格は9千万円。




最初は耳を疑った。

本当にそんな値段なのかと。




実際に見に行って、さらに驚いた。




大きい。

とにかく大きい。




外観だけ見れば、

とても1億円以下の物件には見えなかった。




何かの間違いじゃないかと思った。




そして、

一度見ただけでは信じられず、

何度も足を運んだ。




見れば見るほど、

欲しくなった。





本気で、

人生が変わると思っていた。







当時の家賃は、

一部屋8万円ほどだったと思う。




50戸あれば、

単純計算でもかなりの金額になる。




もちろん、家賃収入のほとんどは返済に回る。




それでも良かった。




毎月決まった収入が入る。




その安心感は、

当時の俺にはとても魅力的だった。




手形。

資金繰り。

入金待ち。




そんな毎日だったからだ。






そして俺は、

県内最大手の第一地銀へ相談に行った。




今思えば、

よくあんな話を持ち込んだと思う。




自己資金はほとんどなかった。




担保も購入予定のマンションだ。




失笑されて、

追い返されてもおかしくない話だった。




ところが、銀行は真剣だった。




担当者だけではない。

融資課長まで何度も足を運んでくれた。




本当に驚いた。




もしかしたら、

家賃収入で返済できる計画だったからかもしれない。




理由はわからない。




でも、

あの銀行の人たちは本気だった。




そして、俺も本気だった。






実は、妻も乗り気だった。




普通なら、

「やめておきなさい。」

と言われてもおかしくない。




でも違った。




面白そうだし、

うまくいくかもしれない。




そんな期待を、夫婦で抱いていた。




今思えば、

夫婦そろって夢を見ていたのだろう。






そして結果は、

融資否決だった。




担当者はわざわざ会社まで来て、

結果を伝えてくれた。




今思えば、

あれだけ何度も足を運んでくれたのだから、

担当者も悔しかったのかもしれない。




あの時は、奈落の底だった。




本気で欲しかったからだ。




本気で、

人生が変わると思っていたからだ。




もちろん、落ち込んだ。




もっとも、俺は立ち直りも早い。




数日後には、

次のことを考えていたと思う。






あのマンションは、今はもうない。




新しい建物に建て替えられている。




もし買えていたら、

どうなっていただろう。




正直、わからない。




老朽化した建物を維持できただろうか。

建て替える資金を用意できただろうか。




修繕費に苦しんでいたかもしれない。

もっと大変なことになっていたかもしれない。




今となっては誰にもわからない。





ただ一つだけ言えることがある。

あの時の俺は本気だった。







本気で1億円借りるつもりだった。




そして、

本当に1億円の借金を抱えることになるとは、

この時はまだ夢にも思っていなかった。







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だいふく








第七話



独立するつもりは

なかった。



気がつけば、そうなっていた。

でも、やると決まれば腹はくくった。





29歳で独立した頃、

すでにバブルは崩壊していた。




世の中には、

どこか重たい空気が漂っていた。




景気が良いとか、

これから伸びるとか、

そんな雰囲気はどこにもなかった。




むしろ、

「これからどうなるんだろう。」




そんな不安の方が強かったと思う。




そんな時期に独立する俺を、

周りの友人や、

親しくしていた取引先の人たちは、

ほぼ全員止めた。





「今はやめておけ。」

「こんな時期に独立なんて考え直せ。」

「もう少し様子を見た方がいい。」





みんな、

そう言ってくれた。




今思えば、

当然だと思う。




実は俺自身も、

積極的に独立しようと思っていたわけではない。




あの冬の日、

高速道路の仕事から帰ってくると、

電話が入っていた。




しかも一本ではない。




二本だった。




あの電話が、

その後の流れを大きく変えることになる。




その時は、

そんなこと思いもしなかったが。




気がつけば、

独立する流れになっていた。





だから、

腹をくくるしかなかった。





怖さがなかったわけではない。




むしろ不安だらけだった。




ただ、

やるしかなかった。






ただ、

運は良かった。




独立前にお世話になっていた方々から、

次々に声をかけていただいた。




仕事は薄利だった。




バブルが崩壊した直後だ。




仕事があるだけまだましだった。




利益を選べるような時代ではなかった。




それでも、

仕事があるだけありがたかった。




独立したばかりの俺にとっては、

声をかけてもらえるだけで救いだった。




仕入れ先も、

口座を開いてくれるところが多かった。




これは本当に助かった。




もし元いた会社が、

メーカーに圧力をかけていたら、

俺は仕入れすらできなかったと思う。




当時は、

独立した人間に商品を出させない、

そんな話も珍しくなかった。




そうなれば、

仕事を取っても商品が入らない。




商売にならない。




そういう意味では、

元いた会社にも感謝している。






俺はバブルの頃、

まだサラリーマンだった。




だから、

いわゆるバブルのおいしい思いはしていない。




ただ、

当時の話はいろいろ聞いた。




内装業の社長や、

金属板金の社長から聞いた話だ。




十分に利益を乗せた請求書に、

さらに200万円を上乗せして出すよう、

現場監督から指示されることもあったらしい。




その上乗せ分は、

ゴルフや飲み代に使われたという。




今では考えられない話だ。




でも、

そういう話を聞くたびに、

バブルという時代の凄さだけは伝わってきた。




たしかに、

夜中の2時頃でも、

元請け会社のビル全体に明かりがこうこうとついていた。




みんな、

普通ではない働き方をしていた。




普通ではないお金の動きもあった。




そんな時代だった。






でも、

俺が独立した時には、

その宴のような時代は終わっていた。




バブルのうまみは、

俺のところには残っていなかった。




残っていたのは、

不況の空気と、

薄利の仕事と、

手形と、

資金繰りだった。




それでも、

やるしかなかった。




止められても、

不安があっても、

景気が悪くても、

もう後ろには戻れなかった。






振り返れば、

あの独立からだった。




これから先、

環境産業に関わることになるとも、

健康産業に関わることになるとも、

農業にまで関わるようになるとも、

この時は想像もしていなかった。




ただ、

気がつけばそうなっていた。




不思議なものだ。




自分で人生を決めてきたつもりだった。




でも、

振り返ると、

人生の方が俺の行き先を決めていたような気もする。





ただ一つだけ言えることがある。

やることが決まれば、

腹はくくった。







それだけは今も変わらない。







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だいふく