キャリアシグマイズな日々 -45ページ目

キャリアシグマイズな日々

長年勤めた会社を離れて冒険中!
新しい世界や大事な人たちとの出会い、そして辞めなければ
気づかなかったであろう感情などを経験しています。
ちょっとハラハラドキドキ、ちょっと反省、でも楽しんで暮らしてま~す。
「足跡の和」がキャリアシグマイズです。

先日ほぼ30年ぶりに中学高校時代の同級生たちと会いました。面影の残る人、印象に残っていない人。あまりに長い間会っていなかったので懐かしいような恥ずかしいような汗あせる汗あせる汗

話を聞いていると皆それぞれの場面でしっかりキャリアや居場所を築いている。

いわゆるお嬢様学校で育った品の良さや自信、善意、その上に積み上げられたそれぞれの個性。

当時は学校が仕向けたい方向と同じ方を向くことが苦しくて仕方なかった上に、従順にその方向を見ている学生が理解できなかったヒツジぶーぶーヒツジぶーぶーヒツジぶーぶーヒツジブタヒツジぶーぶーヒツジ。でも、実は表に出さない意思メラメラがそれぞれの心の中にあったのかなぁと。

今、私が相手にしている学生達はどうなのだろうとふと思う。自分の道を自分で選択すること、その選択が個性であり自分である証であること。生きる意味そのものだと伝え切れているだろうか?自尊感情を醸成しているだろうか?

学生当時の私は、何のために勉強して何のために学校に行くのか全く理解できないまま通っていた。大学に入って就職して大学院に行った頃ようやく意味が理解できるようになった。

今考えると、10代の頃は自尊感情が低く自分に何かを投入したところで労力の無駄くらいに感じていたのだと思う。

「私には生きる価値がある」、「私の今の辛さは将来のここに繋がっている」そんな未来を当時の先生達は何故見せてくれなかったのかと今更ながら思う。

もしかしたら人間としての弱さを乗り越える手段として宗教を選んだ人たちには、私の苦しみを理解することはできなかったのかな。

でも、そんな経験をしたからこそ、自分で自分の人生を生きることの大切さを、恐れずに選択することの尊さを、価値のない人間なんていないことを学生に伝えられる。

私が今の仕事をしている理由の一端に気づけた再会でした。
PDCAのPは描けているので、まずは講師としてやってみよっと。
休日の昨日、夜中に猫に起こされないようにたっぷり運動してもらおうと約30分バタバタ走り回らせたら、突然隅に歩いて行って横座りして、口を空けてはぁはぁ。
そんな姿を見たことがなかったのでビデオ撮りしたかったものの一瞬の出来事で、もうやってくれない。

 目論見通りすっかり疲労を抱えたニャン。おとなしくなりました。
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冬にちょっと手入れを怠ったらあっという間に成長した木々。
今日は気合いを入れて剪定。
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水ぶくれを指に作りながらも、隣の家の木を痛めないよう気を使いつつ平らにカット。
道路にはみ出たヤマボウシもカット。

そして相変わらず春の花が次々目を楽しませてくれます。
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