朝やけの絵がまぶしい
絵も長く描いていない
下手なくせにたまに思い出したように
絵を描く事をしていた
最近では大人のぬり絵
これも長くあいている
大きなスケッチブックに
クレパスで朝焼け夕焼けを
描くのが好きだった
パステルは、保存性が
よくなくて駄目だった
下手なりに写真を写し描いては
茜色の空を気ままに描いていた
それのうちの一枚をこないだ
ながめてみると
妙にまぶしくて
つい目を細めてしまった
別にそれは実際の太陽じゃなくて
写真でもないただの絵であるのに
どうしてまぶしさを感じてしまうのだろう
まるでじかに見た太陽の光を
そのまま白い紙の上に
焼き付けたみたいな
ただの条件反射かも知れない
うめぼしの絵でつばが出るみたいな
夕焼けの写真とかでもまぶしさを感じたのなら
やはりそれは自分の記憶に由来するはず
まだそれは試していない
でも絵は明らかに写真より
真実に近い
事実としては写真に及ばなくても
下手なくせにたまに思い出したように
絵を描く事をしていた
最近では大人のぬり絵
これも長くあいている
大きなスケッチブックに
クレパスで朝焼け夕焼けを
描くのが好きだった
パステルは、保存性が
よくなくて駄目だった
下手なりに写真を写し描いては
茜色の空を気ままに描いていた
それのうちの一枚をこないだ
ながめてみると
妙にまぶしくて
つい目を細めてしまった
別にそれは実際の太陽じゃなくて
写真でもないただの絵であるのに
どうしてまぶしさを感じてしまうのだろう
まるでじかに見た太陽の光を
そのまま白い紙の上に
焼き付けたみたいな
ただの条件反射かも知れない
うめぼしの絵でつばが出るみたいな
夕焼けの写真とかでもまぶしさを感じたのなら
やはりそれは自分の記憶に由来するはず
まだそれは試していない
でも絵は明らかに写真より
真実に近い
事実としては写真に及ばなくても
神は癒す
駅に張ってある美術館のポスター見て笑ってしまった。
それと関係ないが、出張に持って行ってから、また聖書にも興味を持ち出した。
それと関係ないが、悪魔払いみたいなぐるっぽに入ってはみたものの、中の人相当レベルが高度過ぎて入り込むすきがない。
それと関係ないが、来週人と代わってもらって、ご近所の教会でサーバーをやらせてもらえることに。
ライフワークと化しつつある、聖歌隊の練習も、今度いつまた出張があるか知れず、
さぼってるのがつらい。
それと関係ないが、やはりお祈りは病気を治す力があるのだろう。
私はそれを信じている。
それと関係ないが、哲学の本棚に、シュタイナーと池田晶子の思想なる変な本が出ていた。
あの人とシュタイナー、全然関係ないやん。
それと関係ないが、スピリチュアルの本棚に、私は天使と出会ったみたいな本が出ていた。
目に見えないだけで、地上に数百万もの天使がいて、どうたら。
そんな混雑してるのってまるで満員電車の中みたいで
嫌だ、おっと。
それと関係ないが、
果たして「それ」とは一体何だったのか。
それと関係ないが、出張に持って行ってから、また聖書にも興味を持ち出した。
それと関係ないが、悪魔払いみたいなぐるっぽに入ってはみたものの、中の人相当レベルが高度過ぎて入り込むすきがない。
それと関係ないが、来週人と代わってもらって、ご近所の教会でサーバーをやらせてもらえることに。
ライフワークと化しつつある、聖歌隊の練習も、今度いつまた出張があるか知れず、
さぼってるのがつらい。
それと関係ないが、やはりお祈りは病気を治す力があるのだろう。
私はそれを信じている。
それと関係ないが、哲学の本棚に、シュタイナーと池田晶子の思想なる変な本が出ていた。
あの人とシュタイナー、全然関係ないやん。
それと関係ないが、スピリチュアルの本棚に、私は天使と出会ったみたいな本が出ていた。
目に見えないだけで、地上に数百万もの天使がいて、どうたら。
そんな混雑してるのってまるで満員電車の中みたいで
嫌だ、おっと。
それと関係ないが、
果たして「それ」とは一体何だったのか。
デジタルズームについて
この先デジカメがアホな方向へ進化して、1億画素位の解像度にでもなれば、
もう固定レンズだけでいいのではと思った。
普段使う数百万画素位にデジタルズームで縮めてやれば、
何十倍ものズーム効果が得られるのだろう。
たかだか広角レンズで、写した画面のトリミングをして。
実用上は超望遠レンズなんだが、広角だけにやたら被写界深度が深い。
何か全然バックのぼけてないおかしな写真が出来上がるかも知れない。
ひょっとしたらこの時代だと、デジタルズームで撮った写真を、
後からレタッチで、ボケ具合を追加出来るのかも知れない。
何とでも写真効果をあとづけ出来る時代。
そんなんで写真が面白かろうはずがない。
それでもそのうち数千万画素になるのは必須、
そんなに解像度いるのか。
ほぼ9割がたが、自分の子供の成長記録を撮るママさんカメラマンだと言うのに。
まあある意味バカチョンカメラとしては正常進化したと言えなくもないが、
写真を撮る時の喜びみたいなもんを
奪われたような気がしないでもない
もう固定レンズだけでいいのではと思った。
普段使う数百万画素位にデジタルズームで縮めてやれば、
何十倍ものズーム効果が得られるのだろう。
たかだか広角レンズで、写した画面のトリミングをして。
実用上は超望遠レンズなんだが、広角だけにやたら被写界深度が深い。
何か全然バックのぼけてないおかしな写真が出来上がるかも知れない。
ひょっとしたらこの時代だと、デジタルズームで撮った写真を、
後からレタッチで、ボケ具合を追加出来るのかも知れない。
何とでも写真効果をあとづけ出来る時代。
そんなんで写真が面白かろうはずがない。
それでもそのうち数千万画素になるのは必須、
そんなに解像度いるのか。
ほぼ9割がたが、自分の子供の成長記録を撮るママさんカメラマンだと言うのに。
まあある意味バカチョンカメラとしては正常進化したと言えなくもないが、
写真を撮る時の喜びみたいなもんを
奪われたような気がしないでもない
1オングストロームの幅でさえ
久しぶりに満員電車に乗ってみると、邪魔だ、どけだの、いねだのと言った、
無言のプレッシャーを受ける。
そんな事言われても体の幅がこれだけあれば、どうしようもない。
男女の体格差で女の人の方が大体80%位は横幅が狭いだろうが、
この車両全部女性専用車にした所で、そんなに詰め込める人の数に違いはない。
そんなに人の事邪魔にするんだったらなあと、
最小限の横幅になったとする、私だけ。
1オングストロームと言うのが、何万分の1ミリだか知らない、もっと小さいかも知れない。
いくらこっちが最小単位であっても、しょせんは相手がそのままだと、まだ私は邪魔になるかも知れない。
しかも1オングストロームなんか目に見えないし。
昔のあほな神学論争で天使がさじの上に何体乗れるかみたいなのがあったらしい。
正解が、天使は霊だから体積はないから、いくらでも、無数にひとところにいられるとか。
何かレギオンみたいなんですが。
もしそうだとして、天使さん専用車両があったら、いつまでたっても込まないだろうか。
天使と言えども同じ所に何億体と重なって居れば、
いやじゃなかろうかなどと。
無言のプレッシャーを受ける。
そんな事言われても体の幅がこれだけあれば、どうしようもない。
男女の体格差で女の人の方が大体80%位は横幅が狭いだろうが、
この車両全部女性専用車にした所で、そんなに詰め込める人の数に違いはない。
そんなに人の事邪魔にするんだったらなあと、
最小限の横幅になったとする、私だけ。
1オングストロームと言うのが、何万分の1ミリだか知らない、もっと小さいかも知れない。
いくらこっちが最小単位であっても、しょせんは相手がそのままだと、まだ私は邪魔になるかも知れない。
しかも1オングストロームなんか目に見えないし。
昔のあほな神学論争で天使がさじの上に何体乗れるかみたいなのがあったらしい。
正解が、天使は霊だから体積はないから、いくらでも、無数にひとところにいられるとか。
何かレギオンみたいなんですが。
もしそうだとして、天使さん専用車両があったら、いつまでたっても込まないだろうか。
天使と言えども同じ所に何億体と重なって居れば、
いやじゃなかろうかなどと。
三位一体の会社論
不思議でならないのは、「三位一体」が「さんみいったい」と打って変換出来る事。
「さんいいったい」とか「さんにいったい」だったらまだ分かるのだが。
うがった見方では恐らく仏教の「三身(さんじん)」から来ているのではないか。これならさんみとも読める。
キリスト教、仏教ともに3と言う所が興味深い。
キリスト教になじみのない人にその三位一体みたいな、
どこからわいて来たか不明な教説を説明するのにどうしたらいいかと思った。
どだい不自然な事を創出してしまっているたけに、
なおさら信仰のない私たちには意味不明なんだが。
無理矢理何とか自分の中で理解しようとしたら、こんなのが思い付いた。
(1)父・・・社長
(2)子・・・窓口担当
(3)聖霊・・・中の社員
「神」株式会社の人々。
父を呼ぶときも、受付の人を呼ぶ時も、中の平社員を呼ぶ時も、
外の人から見ればみな「神」さんて呼ばれる。つまり会社名で呼ばれる。
何となくリーマン(ブラザーズではない)にゃ、
この方が分かりやすいだろうか。
「さんいいったい」とか「さんにいったい」だったらまだ分かるのだが。
うがった見方では恐らく仏教の「三身(さんじん)」から来ているのではないか。これならさんみとも読める。
キリスト教、仏教ともに3と言う所が興味深い。
キリスト教になじみのない人にその三位一体みたいな、
どこからわいて来たか不明な教説を説明するのにどうしたらいいかと思った。
どだい不自然な事を創出してしまっているたけに、
なおさら信仰のない私たちには意味不明なんだが。
無理矢理何とか自分の中で理解しようとしたら、こんなのが思い付いた。
(1)父・・・社長
(2)子・・・窓口担当
(3)聖霊・・・中の社員
「神」株式会社の人々。
父を呼ぶときも、受付の人を呼ぶ時も、中の平社員を呼ぶ時も、
外の人から見ればみな「神」さんて呼ばれる。つまり会社名で呼ばれる。
何となくリーマン(ブラザーズではない)にゃ、
この方が分かりやすいだろうか。