THOUSAND WINDS -235ページ目

パステル色鉛筆について

昔大人のぬり絵にこって
色々な色鉛筆を試してみた。
そんな中でぬり絵には適さないものの、使ってみたかったのが
パステル色鉛筆でした。
一応ばら売りで12色そろえてみた。
普通の色鉛筆と違って色の配色が違う。
しかも普通の色鉛筆以上に混色の自由がきかない。
あと普通のぬり絵の紙がきめが細か過ぎるので定着しないなど
問題があるので使わなくなった。
しかしぬり絵を離れて自分で絵を描く時には
小さなスケッチブックでパステル画が描けて便利ではある。
パステルとかクレパスでは昔は夕焼けの写真なんかを模写したりするのが好きだった。
話変わるが本屋にそんな夕景ばかりを集めた写真集があったが
あれ買えばまた夕焼けの絵を描いてみるかも知れない。

悪魔払いについての素朴な疑問

やっぱりあちらにゃよお書かないので。
現代の日本で悪魔払いと言うのはありましたか。
プロテスタントでも悪魔払いと言うのはあるのですか(あったのですか)。
どうして悪霊とかには聖書の言葉とかキリスト教の祈とう文が効くと言われているのですか。
キリスト教以外の宗教でも悪魔払いの実例はあるのですか。
その人に悪魔が取りついているか否かはどうやって判断出来るのですか。
まず精神科医が診断して医学的に問題がない事を確認して
それでも直らなければ悪魔がついているとされるのですか。
悪魔はもっと狡猾だと思われるのですが、わざわざ自分から
尻尾を出すとも思えないのですが。
一度払われたように見えても再度その人に取りつき直したりしないのですか。
我々が日頃悪霊などから身を守るにはどんな事を心がけていればいいのですか。
クリスチャンだからと言うだけで、悪霊を払える力が備わっていると
考えてもよろしいのですか。
こんなことあちらで書きゃ絶対常識の範囲を超えていると言われるのだな。
そもそも悪霊払いとしての常識とは一体何だ

それアヴェ・ヴェルム・コルプスですね

タイトル違うかも、結構適当。
悪魔払いのぐるっぽの中に書かれていたラテン語。
意味は全く分からないけれども
確かクリスマスイブに歌った記憶あり。
意味は分からなくとも
ラテン語目でなぞってたらいやでも
メロディが思い浮かんで困る。
ちなみにベース担当。
何かあちらのぐるっぽ、
特定の二人だけの独占場になってて
やはり入り込みづらい。
そのうちしかとされてもいいから
どっかのぐるっぽの時みたいに
コメントほりなげてみるつもり
今度の場所ではどんな波紋があるかな、ふふ。
別にあらすつもりじゃないが
白熱するか
鎮圧されるか。

分かるけども何も分からない

自分てきには比較的早く帰ったと思っている。
普段の日に見かけなかった、店がかろうじて開いている。
朝の早くに家を出て
大抵は夜の遅くに家に着く。
この間だけしか開かないような店には
絶対立ち寄る事もない。
何かお役所に届け物をするにしても
体調が悪くて行きしなに病院によるにしても
我々はそれをイレギュラーとして
扱わざるを得ない。
ご近所の教会さんにしても
目立つ催しとか行事がさも
当たり前のように平日の昼間っから
執り行われる。
確かに自営業の人とかその他タイムスケジュールの違う
仕事の人々もいるけれども
圧倒的多数をしめるはずの
サラリーマンには平日昼間の
行事は無縁である。
たまに休みがもらえた時に
平日の朝のあのシーンに
私服で近づくとその異常さが
ひしひし伝わって来る。
ましてやあの新型インフル日本上陸の日には、
満員電車の中皆マスクをはめていて
いかにも不気味な光景だった。
このごく当たり前な、異常な行動の人たち、サラリーマン
私もその中に混じり
適応出来ずにあえいでいるところ

悪霊についての思い付き書き

電車の中で背中がもたれかけられる所がないとかなり厳しい。
この古いケータイじゃどうしても片手打ちが出来ない。
何もそこまでせんでもと思う。
悪霊についてとタイトルはつけてみたが、
何書いたらいいか分からない。
一応悪霊払いのぐるっぽに参加している。
私自身が今の姿が悪霊て言うか悪魔みたいなんだが
わりと気に入っている。
悪魔とか悪霊はあくまでも
物質的な攻撃でなくて、
精神的な攻撃に出るのだろうか。
そもそも悪霊と言うのは、元は人間の霊、それが何らかの因縁によって、
悪霊となってこの地にとどまるのだろうか。
すべて仮説であり確証なんかはない。
ただ私的には何らかの実感はある、つまり悪霊とかがいるみたいな感じ。
逆に地元の神社などで、小さなほこらとかに
何かいそうな感じも受けた事がある。
キリスト教的にはこんなアミニズム的な感覚ってどうなんだろうか。
いい霊とか悪い霊とか、人間を基準にして二分化したくなるけれども、
実の所は至ってグレーゾーンで
どっちでもないような霊の方が
大多数なんじゃないかと言う
気がしている。
なかなかあのぐるっぽ、親しめそうにないのだが