テゼからの手紙 | THOUSAND WINDS

テゼからの手紙

分かち合いをして来た。
その中で思った事。
願望とか意欲とか、つまり仏教で言う所の煩悩は、
仏教ならばそんなものはなくしてしまえとなる。
それがどうもキリスト教だと、
それを生かす事を教えている。
つまり全ての願望が悪いわけじゃなくて、
ただどれが良くてどれが悪いかは、
我々には完全には判断が出来ない。
だから時々間違いをおかしてしまう。
ただこの人の欲望の中に、神からのメッセージが潜んでいたりする。
全ての思いを捨て切る、そんな事はキリスト教じゃやってない。
ただその心に思い上がって来た願望が
みこころにかなうのかどうか、
おのれをむなしくして神に問いかけるしかない。
答えが得られる事を期待してはいけない。
答えが返ってなんか来ないと決めてはいけない。
もしも正しさの基準を求めるなら、
神を引っ張り出して来るしかない。
幸いなるかな、小さき者、静止点、
私はあなたを喜ぶ。