言葉は世界のネガに過ぎないのか | THOUSAND WINDS

言葉は世界のネガに過ぎないのか

私ごときがこんなものに関われるわけはないのだが、たまに考えてしまう。
言葉は正しく世界を記述し得るのか。
言葉が扱い得るものは、この世界にあるものに過ぎないのか。
言葉によって表現出来ないものなどこの世界にあるのか。
世界と言うのはおよそ言葉にて語られ得るものの集合体に過ぎないのか。
確かに写真とかグラフィックスみたいな映像自体は、言葉とは別の何かではあるが、
それらは何らかの形で、言葉として説明可能なものを超えてはいない。
もしそうだとすれば異なる言語形態を持つような、
エイリアンが現れた場合、
我々はコミュニケーションが取れるだろうか。
もしくは地球上にいる動物のうち、突然変異により人間並みの知能を持つ者が誕生したとするなら、
それとのコミュニケーションは果たして可能だろうか。
コンピュータとの擬似的なコミュニケーションにしろ、
それは大幅に人間側に譲歩して設計しての結果であり、
コンピュータ同士での情報のやり取りははるかに高速で間違いなしに行われる。
つまりどう転んでも人間は自分等の持つ身体と言葉の制約でしか
世界をとらえられないし、
また言葉によって記述すら出来ないことは、
世界に存在を認める事も出来ないと言う事か。