この世の仕組みには興味がない | THOUSAND WINDS

この世の仕組みには興味がない

まるで関心がないわけではないけれども、
今五感で感じ取ってる世界だけが
全てじゃないと思われるから。
ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考にあるように、
世界は事実の総体であると言う事は、
現象として人が認識されるものだけが
世界のメンバーとして見なされるのだが、
それ以外の物はたとえあったとしても我々には「無い」と見なすしかない。
かつては放射線も電磁波も可視光線外の波長の光も重力も、
ニュートリノも「無い」ものと見なされていた。
それらは最近になってようやく世界の一部として認められた。
そんな重箱のすみをつつくみたいな物理学を展開して行けば、
きっと人間に知る事が許されている枠の限界にまでは到達出来るのだろう。
でもそれがどうしたと言うのだろうか。
宇宙自体は今ある形でしか存在出来なかったのだろうか。
他の可能性はなかったのか。
ある意味人間原理が謳うように、
あたかも人間が誕生出来る為に、宇宙定数などが慎重に選ばれたふしがあるのだが、
そんな物理学者みたいな神様なんかご免だと思っている。
宗教ではよく人格神とかがポピュラーで、つい人間の尺度で神をも想像しがちなんだが、
本当は我々人間ごときが、万物の長なんかの訳がない。
あらゆる生物の進化の果てが、
こんなちんけな人間であろうはずがない。
むしろ我々は進化に失敗したくちなのだ。
だから思う、この宇宙のどこかで全くこの人類とは異なる進化を遂げたような生物が仮にいたとするなら、
もはや宗教などでわざわざ自分達に似た「神」なぞ
想像したりしないに違いない。
人が人であるがゆえに、これらの「神」なる偶像が生まれた故に。