今さらメシアの話
めしあの一日と言う本を以前読んだ
内容はつまらなかった模様
でもあんなふにふにしたメシアだったらどうしようかと。
守ってあげたい。
メシアと言うのは人類を救うんじゃなかったか。
あんなにも弱々しく頼りないメシアでどうする。
偉大なるパラドックス。
一番弱い者がメシア、
人類を救う救世主。
それがキリスト教のすれとあまりにかみあわない事を知っている。
でも我々が全霊を尽くして
そんな弱いメシアを守らなければ
人が滅ぶとしたら、
何が何でも守らなきゃと思うに違いない。
もしそれがキリストの刻に行われていたなら
キリスト教は生まれなかっただろう。
キリストは我々の罪を許すために十字架にかかって下さったと
いいながらもあいかわらず
ユダや人へはキリストを木にかけた重罪人のように見なすのは
どうしたものかと。
結局はどこかに隠しきれない
弟子たちの憎悪の念が
今にまで伝搬している。
ああ言う教義にする事で丸くおさまったかに見えて
実は誰一人メシアが何であるのかを知らない。
内容はつまらなかった模様
でもあんなふにふにしたメシアだったらどうしようかと。
守ってあげたい。
メシアと言うのは人類を救うんじゃなかったか。
あんなにも弱々しく頼りないメシアでどうする。
偉大なるパラドックス。
一番弱い者がメシア、
人類を救う救世主。
それがキリスト教のすれとあまりにかみあわない事を知っている。
でも我々が全霊を尽くして
そんな弱いメシアを守らなければ
人が滅ぶとしたら、
何が何でも守らなきゃと思うに違いない。
もしそれがキリストの刻に行われていたなら
キリスト教は生まれなかっただろう。
キリストは我々の罪を許すために十字架にかかって下さったと
いいながらもあいかわらず
ユダや人へはキリストを木にかけた重罪人のように見なすのは
どうしたものかと。
結局はどこかに隠しきれない
弟子たちの憎悪の念が
今にまで伝搬している。
ああ言う教義にする事で丸くおさまったかに見えて
実は誰一人メシアが何であるのかを知らない。