よくわかりませんけど
本屋で哲学の本を探して、いつぞやはやったソフィーの世界でもいいや、そうした本を覗くと分かるのは、
普通哲学を学ぶと言う事は、西洋哲学史を覚える事を意味するがごとく、
誰がどんな事を言ったか、現在どんな命題が扱われて来たか、
ある哲学者のやり残した思索はどんな過程を経たものか、誰の思想の系譜かなどなど。
たとえばつい最近お亡くなりになったような哲学者を例にすれば、
その人はどんな思想を扱って来たのか、誰の影響を受けているのか、どのジャンルに分類されるのか、
書き残されたものをしらみつぶしに分析して、他の哲学者同様に理解しようとする。
それって何か意味あるのか。
何か特定の思想だけをその人が持ち続けたとでも言うのか。
その人が世に与えた影響みたいなのを、把握したいのか。
私は思う。
その人が残した思想、そんなもんがあったのかどうか
知ったこっちゃない。
ただてめえの頭でめいめい考えよ、
それだけがその人に教わったこと。
どんな哲学者がどんなたわけた事吐いていたかなんて、
どうだっていいんだ。
自分で問いを見つけて来て、
自分で考えてみること、
先人がこれまで幾度となく、
挑戦してはもろくも砕け散って、
永年答えの出る事がなかったようなテーゼでも構わないし、
こんなしょうもない命題、誰も考え付かないし、誰もまともに取り上げないと思うような
あなただけの哲学があったって、いいんだ。
まずは考えること、そして自分なりの仮説を述べてみること、
それこそが哲学じゃないのか。
普通哲学を学ぶと言う事は、西洋哲学史を覚える事を意味するがごとく、
誰がどんな事を言ったか、現在どんな命題が扱われて来たか、
ある哲学者のやり残した思索はどんな過程を経たものか、誰の思想の系譜かなどなど。
たとえばつい最近お亡くなりになったような哲学者を例にすれば、
その人はどんな思想を扱って来たのか、誰の影響を受けているのか、どのジャンルに分類されるのか、
書き残されたものをしらみつぶしに分析して、他の哲学者同様に理解しようとする。
それって何か意味あるのか。
何か特定の思想だけをその人が持ち続けたとでも言うのか。
その人が世に与えた影響みたいなのを、把握したいのか。
私は思う。
その人が残した思想、そんなもんがあったのかどうか
知ったこっちゃない。
ただてめえの頭でめいめい考えよ、
それだけがその人に教わったこと。
どんな哲学者がどんなたわけた事吐いていたかなんて、
どうだっていいんだ。
自分で問いを見つけて来て、
自分で考えてみること、
先人がこれまで幾度となく、
挑戦してはもろくも砕け散って、
永年答えの出る事がなかったようなテーゼでも構わないし、
こんなしょうもない命題、誰も考え付かないし、誰もまともに取り上げないと思うような
あなただけの哲学があったって、いいんだ。
まずは考えること、そして自分なりの仮説を述べてみること、
それこそが哲学じゃないのか。