そこにないものに惑わされる
心配性で
まだ起こってもない事を気にしたりする。
また過去に起きた事を思い出しては、ドキドキしたりイライラしたりする。
だから道を歩いていても勝手に頭の中で思い描いた妄想で、
体が勝手に反応してしまう。
はたで見てる他人にしたら、何あの人、おかしいんとちゃう、
て事になりかねない。
私以外の人から見たら、私の記憶も私の想像も、
実体がなくて何も分からない。
ただ私だけがそれの存在を感じている。
でも人から見えない、分からない ようなものは、
初めっから「ない」のであるから、
そんなものに縛られんときやと、
自分にささやきかけると
妙に安心出来たりする。
まだ起きてない事は今はどこにもないし、
過去に起きた事はもう私の頭の中にしか残っていないし、
それすら確かかどうか怪しい。
つまり今に限定して生きるしかない。
それがキリスト教的な考え方じゃない事は承知してるけど、
自分で考えた人生訓、人から見えないものはないのだから、
私だけに感じるような
過去や未来など、ないと思い、
今だけを生きるつもりでいたら
随分と悩みごとが減ったような気がする。
まだ起こってもない事を気にしたりする。
また過去に起きた事を思い出しては、ドキドキしたりイライラしたりする。
だから道を歩いていても勝手に頭の中で思い描いた妄想で、
体が勝手に反応してしまう。
はたで見てる他人にしたら、何あの人、おかしいんとちゃう、
て事になりかねない。
私以外の人から見たら、私の記憶も私の想像も、
実体がなくて何も分からない。
ただ私だけがそれの存在を感じている。
でも人から見えない、分からない ようなものは、
初めっから「ない」のであるから、
そんなものに縛られんときやと、
自分にささやきかけると
妙に安心出来たりする。
まだ起きてない事は今はどこにもないし、
過去に起きた事はもう私の頭の中にしか残っていないし、
それすら確かかどうか怪しい。
つまり今に限定して生きるしかない。
それがキリスト教的な考え方じゃない事は承知してるけど、
自分で考えた人生訓、人から見えないものはないのだから、
私だけに感じるような
過去や未来など、ないと思い、
今だけを生きるつもりでいたら
随分と悩みごとが減ったような気がする。