電車の中で聖書が読みたい気分 | THOUSAND WINDS

電車の中で聖書が読みたい気分

革製のポケット版新約聖書を持っていてこないだまで鞄の中に入れていたのに、
寝床で使ったらしくて出払っている。
ちまたでは旧、新両方掲載した聖書の、コンパクト版が売られていて、
まだ電車の中でその分厚い聖書読んでいる人を見かけない。
家には既に遺跡のコーディック化した、ん十年前の旧新両方の、口語訳のポケット聖書が残っている。
一体当時何を思って買ったのか知れない。
きっと値段の割に読みでがあるからと、
もっぱら旧約側の物語を読んでいたらしい。
そんな年代物があるから、なかなかコンパクトサイズの聖書に手がつけられない。
またこの古い聖書、途中のレビ記から申命記にかけて、
記事が脱稿してると言う、信じられない代物で、
だから「律法」の一部が読めない。
なかなか貴重な品だと思うから、うかつに持ち歩けない。
私の場合そのコンパクト聖書を買うにしても、教派からして、
旧約続編がついてないと使えないから、余分に厚みが増す。
ここだけ別冊と言う訳にはいかなかったのか。
それと私は新共同訳の日本語訳が嫌いだ。
どちらかと言うと新改訳の方が好きだが、あれは福音派用と見なされてしまってる。
実際の福音教会いくつか回ったけど、みな新共同訳か、口語訳だった。
私は朗読の声を聞く分には口語訳が好き、また文語聖書がもっとお気に入り。
意味が分かるとかそんなんじゃないんだ。
第一印象と言うのは最も大事なものだと思っている。
そのうち車内で旧約聖書を立ち読み出来るようにするつもり