初代教会についての空想 | THOUSAND WINDS

初代教会についての空想

そんな気分にならんのだが、
宗教の事を考えてるとよくいやされたりするので
落ち着いたりするので
そんな所が救いなのかも知れない。
初代教会へ戻ろう
そんな今の教派なんかないし。
まだ新約聖書すらなかった。
パウロの手紙は回覧されたりしたが、
普段はそう言うのもなかった。
あるとしたら、ユダヤ教にとっての「聖書」これは
旧約聖書ではない。
むしろ七十人訳聖書だったかも知れない。
新約聖書のいくつかの引用箇所は大抵、この七十人訳だったはずだが、
今このまとまった一冊本の聖書を手にする事が出来ない。
それはともかく
初代教会はまだユダヤ教的なものが残っていたろうし、
朗読箇所は旧約のみ、
パウロの手紙が回ってくれば、
それみんなで囲って感想を言い合ったり、代表の者が仕切ったりする。
まだ司祭とか主教とか言うのもいなかったろうし、
教皇もいたにせよ、全ての教会を管理するには力が及ばなかったかも知れない。
そのうちカトリック教会がべーリング海峡を渡り、
イングランドに伝わる前に、
なぜか既にアングリカンの教会が建てられていた。
パウロがローマに着くまでにも、きっとペテロが着くまでにも、
ローマに既に教会が作られていた。
もし戻るとするならそうした
小さくされた集いのエクレシア、
それを志向しないと、
メガチャーチみたいな所が
初代教会がどうたら言うのも
おかど違いに映る。