哲学を学んだとして | THOUSAND WINDS

哲学を学んだとして

大学とかで哲学を学んだりと言うのを知らないから
勝手な事を書くかも知れない。
まず哲学における西洋史みたいなのを学ぶ。
哲学の始まり、古代ギリシャ哲学と来て、スコラ哲学や
キリスト教の神学による哲学となって、
近代に来てカントやデカルト、ヘーゲルと来て、
ニーチェとかショーペンハウアー、キェルケゴールとか、
さらに時代が進んでウィトゲンシュタインやらデリダやら色々。
それぞれの人の思想の内容を学び、まあそれについての感想とかも考えるんだろうと、
世界史の授業+αみたいなかんじだろうか。
確かにこれだけじゃただの暗記ものなんだが、
感想からさらに進んでそれらの哲学の思想を元にして、
現在の何か出来事とか風潮を分析してみるやら、
何か質疑応答やらとして
何が言いたいかと言うと
哲学者の論じた内容を理解し
それを利用出来るようにするみたいな事が
哲学の学びなんでしょうか。
同じ事は神学にも言える。
神学館の学園祭なるものに行って、中で勉学に励む彼らのプライベートな部屋をのぞかせていただいて
気付いたのは
やたらと一般人よりも沢山の
キリスト教の本が揃えられているけど、
恐らく卒業までにはそれらは間違いなく
完読されるのでしょうが、
私はそれでおしまい?て思う。
当然教会での実習もあるし、
信者さんとの交わりとかで得られる経験もありましょうが
言いたいのはいつ霊的な修行と言うか
修練、それはきっと毎日のお祈りの中とかで培われるものだと思うのですが、
どこか知識いっぺんとうな
牧師さんになってもらいたくなくて、
はたで司式を補佐するにしても
何か形式的に聖体を動かしてるだけ
みたいには
なって欲しくない。
うまく書けないけど