そこにないものにおびえる心 | THOUSAND WINDS

そこにないものにおびえる心

たまに思い出し泣きをしたりする。
まだ起こってもいない事を先に想像して、勝手に不安がったりする。
他人から見たらそこに何もないのに、勝手に泣いたり落ち込んでたりするように見える。
本人にしたらそれは確かにあること、過去の記憶も未来の妄想も、でもそれはどこにあるのかと問われれば、
せいぜいそれは自分の頭を指差して言うしかない。
つまりそれはみなこの中にあるはず。
人からしたらないに等しい事で一喜一憂するなんて馬鹿らしい、と思うのだが、
それでも私にしたらそうしたものは、目に見えているものと同じ確度で存在してみえる。
でも試してみたのだが、そう言った思い煩いのある時に、自分に言い聞かせてみる、例えばこんな感じ、
「一体それはどこにある?それがある場所を指差せるか、人にほれこれだと指し示せるか。
無理だろ、なぜならそれはどこにもないんだから。
今ないものに対しておびえたり気にしたりするのっておかしくないか?」
時々そうした方法で、一人で堂々巡りして思い悩んでる時、
無事に帰還する事が出来たりした。
そんなたわいのないような人生訓、なぜか聖書には意外と少ないような気がしないでもない。