哲学は難しいからほんとは嫌い | THOUSAND WINDS

哲学は難しいからほんとは嫌い

たまに思う。
宗教と言うのは記憶であるのか。
人がそう言ってたのをありがたく全部頭に叩き込んで、
それをまた別の人に伝達するみたいな、
そう言うものなのか。
下手くそな伝言ゲーム、
途中で聖書の書き間違え、
故意の書き換えなども一杯あったらしい。
とどめは母国語に翻訳時の、翻訳者の思い入れによる意味のすりかえ。
結局何が正しいのか分からなくなる。
学校なる所で神学を学んだ所で、
結局は過去に誰かがそう言ってましたと言うものを、
忠実に頭に叩き込むだけ、
それが信仰だと信じて疑わずに。
哲学にしても恐らくは学校じゃ、西洋の哲学史についてみっちり教え込まれる。
いつの年代にどんな哲学者がいて、どんな戯言?をほざいていたか、
それを間違わずに暗記させられる。
勉強である限りそれは正しい。
じゃないとテストとかで、
学習の成果を診断するには、
正解をいかに沢山覚えているかが肝心だからだ。
そうやって記憶力だけは高い人たちが量産される。
ある未解決な哲学上の命題だけ出して、
それについて自分なりの意見を
書き込ませるみたいなテスト、
誰もさせたがらない、だって
採点しようがないじゃないですか。