フェレイラについて | THOUSAND WINDS

フェレイラについて

遠藤周作の「沈黙」の小説の中に出て来る、
確かスペイン人の宣教師で、
拷問を受けて棄教し、
日本人の妻をめとって帰化し、
後にはキリシタン弾圧に協力した。
当時たくさんのキリシタンが棄教を強要され、
拒んだものは残酷な拷問にあい、
あげくの果てははりつけ、火あぶりにされた。
そんな時代で少数なのか、多くかは知らないが、
棄教して仏教徒になる者もいた。
使徒教父文書と言う、ヨハネによる福音書の出来た頃あたりの、2世紀初期以降に書かれた、
教父と呼ばれた教会の長老などによる書簡によると、
当時は殉教は名誉な事であり、
それを勧めるような記述もあったらしい。
本人も殉教に望む気構えを、
あちこちの教会へ手紙を出している。
私的には、殉教してどうする、みたいな事を考えている。
見た目上信仰を捨てたとしても、
その為に進んで死を選ぶのは、
神の本意ではないだろう。
パウロのどっかの手紙に書いてあった、
神の意図によって神から離されても本望だと。
神がそれを望むのなら、キリスト教自らを捨ててもいいみたいな。
少し極端な話なので、私の所感は控えさせてもらう。