ラッツィンガーさんにまでも | THOUSAND WINDS

ラッツィンガーさんにまでも

以前ラッツィンガーさんの書いた本を図書館で読んで一気読みした。
共有できる箇所は多分にあったのだけど、
いくつか納得がいかない。
ことにヨハネの福音書の解釈について、
カトリック的にどうよとは思うのだが、
この人ヨハネの福音書は、福音原理主義的に読んでいる、みたいに思える。
その世にも奇抜な最後に作られた福音書の、内容が全部史実に基づいているかのように話す。
確かにどの福音書もそのまま事実として扱うにはどうかと言うのがあるが、
ヨハネのそれは多分にアポフテグマと言うか、
後世の聖書記者が教化の為に挿入したものである可能性が強い。
先にQ文書と呼ばれるイエス語録があり、マタイとかルカはそれを一部採用したが、
ヨハネのそれには入っていない。
その代わりにヨハネ独自の口伝の資料があったのだろう。
別にヨハネのそれが史実通りでなくとも、その価値は失われないのだが、
あえて史実であるように語っていた。
「不可謬」がどうたら言うのもあるが、
私は例え自分の方が間違っていたとしても、
一応は違うとは言う。
それが例え神そのものであったとしても、
ヨブのように異議申し立てる