ハイネは分かるだろうか | THOUSAND WINDS

ハイネは分かるだろうか

外国の詩を読み出したのが始まり。
たとえばハイネとか、他にはリルケとかランボーとか。
ハイネは夜鳴鴬だよと説明されても、はあそうですかとしか言いようがない。
日本語に翻訳されたハイネの詩集を、改めて読んでみて思う事は、
私はハイネの詩を読む事は出来ないと言うこと。
ごく当たり前な事に気付くまでに時間がかかり過ぎた。
私は日本語訳のハイネの詩を読む事は出来るが、
それはハイネの詩だろうか。
聖書なんかについてもそれが言える。うれしそうに日本語で翻訳された聖書は、あらかた目を通したし、
そのいくつかは所有するまでしたものの、
じゃあ一体どれが正確な聖書かと言えば分からなくなる。
ハイネの詩は原典で読まなきゃ、本当にその良さが分からないとする。
だったらまずはドイツ語の勉強をして、最低限ハイネの詩を
辞書さえあれば訳せる程度には習熟しないといけない。
でもそこまでしたら、果たしてハイネの詩は完全に私の中に染み透るだろうか。
私にはそうは思えない。
外国語で書かれた詩は、私には完全には理解出来ないし、
味わう事も出来ない。
今となってはそう思ってる。