透明なことばとは | THOUSAND WINDS

透明なことばとは

私が詩を書いてみたところでそれは私の偏見に満ちた
片寄った意見にしかならないのだろう。
窓ガラスをへだてて向こう側にユリの花が咲いていたとする。
詩人はあれこれ私見を交えながらその花を言葉によって、
描写するのを試みるけれども、
それは詩人の心のフィルターを通しているから、
そこに咲いてるユリの花そのものではない。
そうではなくて透明なことばと言うのは、
その花と私の間をへだててる、透明なガラスそのもののような
言葉であろうか。
一切読み手の感情による修飾が行われていないこと。
その詩を読んだ人が、あたかもじかに目の前に、
何の装飾もないただのユリの花を見るがごとくに感じられる事。
私は残念ながら詩人ではない。
だからあの詩のグループでは浮いた存在かも知れない。
もしもこの先何か詩みたいなのを書いてみるとすれば、
こんな透明なことばだけで世界を描写出来たらいいのに。