朝起きて、ルーティンをこなし

2階の寝室から降りてきたら

テレビで天皇陛下が、結婚30年を振り返って

雅子皇后について、優しい表情で語っていた 


数週間後に訪れる妻の誕生日のことを

ここ最近ずっと考えていて

昨日から、久々に歌を作りたくなっていた矢先で

陛下の皇后への思いを知り

胸が熱くなった


「雅子が29歳半の時に結婚してから

その人生の半分以上を私と一緒に

皇室で過ごしてくれていることに

心から感謝するとともに深い感慨を覚えます」

 

 
平成15年12月、私たちと同じ歳の雅子さんは
皇室の生活と出産後の疲れから体調をくずし入院したそうだ
平成16年7月30日「皇太子妃殿下の御病状」としてだされた
宮内庁の発表で、「適応障害」との診断が明らかになった

「皇太子妃という特別な立場からくるプレッシャーも
とても大きなものだったと思います
私から見ても雅子は本当に良くやってきていると思います
雅子が公務に復帰するのには
まだしばらく時間がかかるかもしれませんが
私としてはそばにいて、励まして、相談に乗って
体調がよくなるようにしてあげられればと思っています」
 
この当時、我が家は日本を離れていたため
遠い噂のようにしか知ることができなかった

実は、平成17年日本に帰国した後
六本木の方のホールで行われた
ヘイリー・ウェステンラのコンサートで
お二人と一緒になったことがある
お忍びで聴きに来られたようだった
こじんまりとした会場だったので
特別に用意された席に案内される二人を
間近で見られた
(私は、その時、皇太子に会いに来た訳ではなかったので
席を立たなかった
ほとんどの観客がスタンディングオベイションをする中
ためらいがあったせいもある)

公務から遠ざかり、療養9年目となる平成25年
オランダ王室新国王の即位式にお誘いを受け
久方ぶりに人前に姿を現すことができた

「かなり長いこと外国を
公式に訪れていなかった雅子にとっては
大きな決断であり、大きな一歩でしたが
この行事に臨むことが新たな一歩を踏み出す
ひとつの契機になるのではないかと思い
今回オランダを訪問し即位式に出席できたことは
雅子にとってもひとつの自信になったように思います」
 
そして平成天皇が退任された
皇太子が即位されて令和の時代が始まった
令和は、始まって一年も経たずして
全世界を震撼とさせたコロナ禍が始まってしまった
 
これまでの30年間は、私たちも同じ時代を生きてきたので
決して平坦な道のりではなかったということを知っている
平成天皇から始まった、本当の意味での
「象徴天皇」の役割は、日本と世界の平和を祈り
苦しい思いをしている国民の元へ駆けつけ
励ましの言葉をかけるという
尊い務めである
その務めを、自らの責任において果たそうとする
天皇陛下にとって、雅子皇后の存在は
かけがえのないものなのだろう

 

「この30年近く 

二人で一緒に多くのことを経験し

お互いに助け合って
喜びや悲しみなどを

分かち合いながら歩んでまいりました
雅子は私の日々の活動を支えてくれる大切な存在であるとともに
公私にわたりよき相談相手になってくれていますし
愛子の日常にもよく気を配りながら見守っており
生活に安らぎと温かさをあたえてくれていることも

とてもありがたく思っております
私も今後ともできる限り力になり

支えていきたいと思っています」
 

陛下の誠実な、心のこもったお言葉に

感動を覚えたと同時に

自分の妻に対するこれまでの態度に

反省の気持ちを抱いた


妻の誕生日には、これまでの

私や子供たちに対する献身に

労いと感謝の気持ちを伝えられればと思った