何故、私は「大丈夫」と言い切れるのか?

それは、問題の捉え方が

根本的に違うからだろう


そもそも論として

コロナ騒動というのは

「コロナにかかってはいけない」

病気になることは悪である、という

認識の上に起こっている


私は、その部分で

初めから、異なる認識をもっていた

コロナ禍の始まった春

「共に生きる」というシリーズで

私論を展開した

から

まで


この8回シリーズの投稿で伝えたかったことは

人は、ウイルスを絶滅させることはできないし

してはならない、ということで

我々は、ウイルスと共に生きる覚悟を決めるべきだ

ということだ

自然に逆らってはならないし

逆らっても無駄なこと


そして今、

病気になることは「自然」なことで

過剰な予防は、「悪」になると言いたい


コロナにかかったっていいじゃないか


いや、「良い」とは言えないだろうか

「仕方ない」じゃないか、の方が適当か



マスク教は人々の不安を駆り立てることで

マスク信者をものすごい勢いで増やしていった

その反対に、マスク反対論者は

あらゆるデータを駆使して

マスク不要論を展開していた

マスクが、どれほど私たちの健康に毒になるか

反対論者は、信じられないほどのエネルギーを費やして

マスク教を攻撃していたが、中には

「1日着けたマスクがいかに汚いか

そんなものを着けているなんて!」などと行き過ぎて

論が逆転してしまっているものもあった


私は、もちろんマスク教信者ではない

しかし、マスク反対論者とも考え方が異なる

マスク教信者のように

マスクをしていれば大丈夫とも思わないし

していることで、酸素濃度が下がり

脳や健康に重大な悪影響を与えるとも思わない


私は、マスクは「必要な時に着ける」方がいい

逆に言えば、必要がないときに着けるのは

馬鹿げているし

マスクを着けて顔を隠すというのは

社会的な存在である人類にとって

大いにマイナスになると思っている


顔を隠す、というのは

悪い人

後ろめたい人のすることで

そうでないのなら

堂々としていなさい! 

と言いたいくらいだ


(相手に顔を隠すなんて卑怯だ

卑怯者であることに耐えられないというのは

日本人としての武士の精神が残っているのだろうか?)


日本は世界で一番衛生的で

清潔な国だ

国連の調査でも

「群を抜いて健康な国」とされている


コロナでもインフルエンザでも

手洗いをいつもより気を付けたり

人混みを避けたり、上手にマスクを使ったりして

予防に努めるのは

生きる知恵である

しかし、恐れすぎたり心配しすぎたりするのは

健康(からだだけでなく、こころの)に良くない

病気は、どんなに予防しても

なるときはなるものだと

さらに、私たちは

どんなにあがいても

いつかは死ぬということも

いい意味で「あきらめておく」ことも大事だ


そして我々の体は

免疫という素晴らしい機能を兼ね備えている

自然治癒力は

私たちはなぜ生きているのか

という問いに

「生かされている」という証明を与えてくれている


いくつものリスクがある時

どれを優先するかは

自分で選択するしかない


そのために

自ら学び続け、

考え、自分が正しいと思う方を

選択するしかない

そして、勇気をもって

行動にうつすのだ


マスクを外しても大丈夫!

マスクを外せば、今よりも楽になれる

相手の笑顔を見ることは

確実に自分を幸せにしてくれる

逆もまた真なり

あなたの笑顔は

周りの人を幸せにするだろう


マザー・テレサが言っていた

「あなたは笑顔のもつ力を知らないのです」

笑顔が目の前にいる人を癒し

こころもからだも元気にしてくれる

 

Keep smiling, keep shining!