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読書っていいですよね

世の中、いろんな本がありますよね。本を読んでいるとき、私は無常の喜びを感じます。本はどこでも持っていけるので、天気の良いには、日がな近くの公園のベンチで本を読んでいたりします。このブログでは、日々、本を読んで新たに知ったこと、感じたことを書いています。

 貴志祐介さんの本は大体読んでいますが、最初に読んだのは「黒い家」でしょうか。当時私は大学生でしたが、つい小説の世界に引きこまれてしまい、すごいなあと思ったのをよく覚えています。お化け以上に人が怖い、ということを実感しました。
 彼の作品の中で、何が一番好きかと言われるとやはり「青の炎」でしょうか。頭の良い高校生が、正義の為に完全犯罪を計画。一度は成功したように見えても、なかなかそう上手くはいかず、本来予定していなかった第二の殺人を犯さざるを得なくなります。その第二の殺人がすべてを狂わせ、彼は自らを世の中から抹消することを選ぶ。。。。
 ごく普通の高校生活の描写と、殺人という非日常の描写が、同時進行で合わさり、不思議な魅力を醸し出しています。

 話としては、なんとなく、ドストエフスキーの「罪と罰」に似ているという感じを受けました(主人公も読んでいたようですが・・・)。「青の炎」の主人公は、ラスコーリニコフのように、自分勝手な感じのする理論に基づいて、殺人を計画したわけではないですが、秀才が予定外の殺人に苦しめられるという点では、似ている気がします。
 自分たちを守るために殺人を犯すべきかどうか、考える際、主人公は有名なベネディクトの「菊と刀」の主張を思い出し、日本人は完全犯罪に向いているかもしれない、等と夢想するシーンがあります。恥の文化なので、殺人が露見しなければ良かろうということですね。ただ、後半の苦しみを見ていると、やはり日本人にも罪の意識はあるのだということを、彼は思い知ったようですが。。。

 逮捕が確実になり、最終的に彼は自死の道を選びます。当然第一に考えたのは、殺人で逮捕されることによる、家族の生活への影響 -ある意味「恥の意識」- でしょうが、彼自身、罪の意識に耐えられなくなったという面もあるでしょう。主人公は、非常に論理的な人間として描かれていますが、強い感情を論理で抑えることはできませんから。罪の意識を度外視して、論理的に殺人を行った彼は、論理を構築する際の最初の仮定(公理的なもの)で間違えてしまったんですね・・・若さ故の過ちという感じがします。何度読み返しても、私は最後のシーンで、思わず目頭が熱くなります。若い命が、若さによる過ちで自死せざるを得ない・・・美しく悲しい話だと思います。



青の炎 (角川文庫)/貴志 祐介

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