何となく何年か前訪問した会津若松市が
懐かしい。江戸幕府最後の忠臣で徳川家として御三家に比較しても負けないほどの
家格であった松平容保。彼と最後まで立て篭って新政府軍と戦いあったこの城!


 鶴ヶ城です。当時は壊滅的に破壊されて
撤去されるまで悲しい運命だった歴史が
あるこの会津を国内人も無い外国人の私と家内がわざわざ行った。

  歴史上、IFと即ちその時会津が戊辰戦争で勝ったとしたら今の若松市は日本の中で
いくらほどの都市で残っているだろう?

  大昔日本の聖徳太子の時代に韓国での
三国時代が日本と歴史上1番近い縁があった百済があった。新羅と唐に滅ぼしたが当時の京で公州とか夫予に行くとまるで会津と同じ雰囲気である。

  歴史は勝者の物か?しかしその背後には
悲しい、悔しい、悲運の運命で生き抜いた方々があったという事が思い出します。

  八重さんも韓国の桂百も、、