みなさまこんにちは。今日も暑いですね。僕はといえば、ありがたい太陽を浴びてセロトニン放出を目論んでおります、opoです。

このブログでも書きました通り、妻は子宮頸がんを患い、子宮全摘手術をしました。

トラケレクトミー(広汎性子宮頸部摘出手術)を望みましたが、進行が思ったよりも早く深く、結果全摘という形になってしまいました。

今日は「子どもの話」。

僕らはふたりとも子ども好きです。僕は保育士を生業とするくらいですから、好きじゃなければおかしいですね。nakkoも甥や姪をとことん可愛がり、街中で赤ちゃんを見たりするとにへらぁ〜、と破顔します。もちろん僕もです。

そんなふたりですから、もちろん子どもを望んでいました。
しかし、僕のうつ病のせいで中々結婚に漕ぎ出せず、子どもを「既成事実」に使うことなどもってのほかだったので、本当についこの間、妻がガンと診断される直前にようやく妊活を始められた訳です。

しかし、今、こうして子どもを望めない状態になってみて、ようやく冷静に判断を出来るようになってきました。

nakkoがガンを患わず、健康体だったとして果たしてうつの僕に子どもを見る事が出来たろうか?
nakkoだけを働きに出させ、育児に家事にと挑めたろうか?
もし、トラケレクトミーが成功して、妊活が再開でき、妊娠できても、ガンの再発に怯えながら、nakkoも仕事にブレーキをかけながら、育児が出来たろうか?
たしかに、仕事とはいえ、0歳児から子どもを観てきた僕ですから、自信が全くない訳ではありません。知識もあります。けれど、やはりこんな心身不安定の僕に自身の子を育てられたろうか?
子どもを授かれたとしても、nakkoの身体の負担を考えたら2人で分担するとはいえきちんと出来たろうか?

そういった考えにふたりともが行き着きました。
そうすると、あれこれ考えていた事がすっと肩から降りて、楽になりました。

デパートや街中で子どもに振り回される親御さんを見る度に、「絶対に幸せだけど、楽しいけど、嬉しいけど、何倍もキツイよね。」「自分たちの事だけ考えていればいいから気持ちが楽だよね。」「時間に追われるって大変だよね。」と話しています。

でもやっぱりお子さん連れの家族は羨ましいです。お腹の大きな妊婦さんも羨ましいです。
でも、望めないものは仕方ない。そう割り切るしかない訳ですから。

だからそういう時、僕らは「大変だろうけど元気な子ども産んでね。」「大変だろうけど真っ直ぐに育ててあげてね。」と思うようにするのです。

nakkoは「子どものいる未来」ではなく「生きる道、僕と2人で歩く未来」を選んだ。僕は、僕ら家族は当然それを受け入れた。それだけの事でもあるんですよね。
なので僕らは今、ふたりでのんびり生きています。これから先も、お互いを尊重し、相変わらずの馬鹿ふたりで過ごしていきたいと思っています。

ご覧いただきありがとうございましたm(*_ _)m

今回はこの辺で
opo