入院からひと月あまりが経とうとしていた頃、ようやく両脇腹に繋がれていたドレーンが外れました。
いよいよ退院が見てえきた…?と思った2人でしたがステントが抜けていない事、更には教授(トラケレクトミーの権威)判断で「このまま帰しては膀胱破裂に繋がりかねない」と入院が延びることに。
後にこの判断はありがたいことになる訳ですが、当時はやはり退院が延びた事にショックを受けました。
ちょうどその頃、運命の病理の検査結果が出ました。(リンパ節郭清をしていた為リンパ節への転移等を調べるため)
医師からは「31か所郭清しました」と聞かされていた2人。
正直「半分郭清出来ていればいいね」と話をしていました。
家族勢揃いで医師の元へ。
結果は…
「リンパ節転移を1か所に転移を認める。」
という結果でした。
家族、そしてふたりともちょっと唖然としました。「1か所?」と。
少なく見積もって半分、良くて5〜7か所と思っていた転移が1か所に留まっていてくれた事に驚きと安堵とで何か変に疲れたのを思い出します。
そこからnakkoの抗がん剤治療と放射線治療のプランが組み立てられました。
(抗がん剤治療6クール、放射線治療28回)
この事が先に話しました入院延期をかえっていい方向にしてくれました。
はじめは「退院して通院治療で治していきましょう」だったのですが、それだとnakko本人も連れていく僕も参ってしまう結果になっていたからです。
入院期間は延びてしまったけれど、完全管理された病院内で過ごせる方がやはり有難く安心出来るものでした。
こうしてnakkoの長きに渡る入院闘病生活第2幕が幕を開けるのでした。
今回はこの辺で
opo